第4話 お互い好きなのに、いつまでも関係が進みませんね

 次の日の火曜日。

 職員室に戻り、部活指導の準備を終え、男子バレー部のいる体育館へと向かう時刻を迎えていたが、私はいつもの行動パターンを破っていた。

 職員室から出て、下駄箱で曲がることなく、そのまま明後日の方角へと進んでいる。

 門田杏。

 彼女に確認することがあったからだ。佐々岡の話が正しいとすれば、月島が屋上にいたのは売春が目的でも何でもなく、私をあの場所に誘うことにあった。つまり噂話は虚言であり、その手伝いをしたのが、他でもない門田杏になる。

 証拠はない。あるのは佐々岡の証言のみ。

 ――用事らしい用事もないのに、屋上にいた月島。

 ――月島自身が、売春をほのめかしたこと。

 だが、このすべての命題を満足し、かつ売買を行っていないということを主張するために、他の仮説を思いつくことはできなかった。

 昨日から月島は学校を休んでいる。吹奏楽部に顔を出しても、月島本人に鉢合わせすることはない。仮説を検証するのに今日という日を逃すことはない。

 ぶおぉん、ぷふぁん。

 校舎一階の隅に位置している吹奏楽部の部室に近づくにつれて、ホルンやトランペットといった楽器の練習音が大きくなる。半開きになっている部室の入口に到着すると、

「練習中にすまない。門田はいるか?」

 中にいた数人の部員に、声をかけた。

「え、国立先生?」「本物だー!」「吹奏楽部の顧問になってくれるんですか?」

 弾けるような返事が返ってくる。

「えっとだな……、門田に話があるんだが……」

 すると部員の一人が、「杏ぅー」と呼びかけた。「国立先生が来たよー」と続ける。

「あらまあ。国立せんせーだ」

 ひょっこりと奥から顔を出した門田は、機嫌がよさそうに、私との距離を一気に縮める。まるて飛び跳ねているようだ。

「何の用ですかぁ? もしかしてバレー部の破廉恥な練習風景を見せてくれるとか?」

「破廉恥な門田に見せるようなものは、何もないからな」

「私が見れば、何でも破廉恥になるよ? 道路標識から蛍光灯まで」

「それはすごいな。私もそう見えているのか?」

「えへへぇ、企業秘密」

 なるほど、羨ましい才能だ。

 見るものすべてを思いのままに。人類が手にし得る、最高の能力の一つだろう。

「今から、一、二分。時間をもらえるか?」

 すると門田が返事をするより先に、部室内の木管楽器と金管楽器が、ぷふぉんと応えた。

「堅物、国立先生が生徒に手を出した!」「よりにもよって杏ぅ?」「こいつは面倒だよ」

 すぐに演者たちも囃し立ててくる。

 どの高校もそうだろうが、ここの吹奏楽部には女子が多い。学校内で恋愛の気配を見つけてきては、すぐ話題の肴にしてしまう。

「ここでは話しにくいから、空き教室でどうだ?」

「いいですよぉ」

 門田は勝ち誇ったように鼻をこすりながら、部室を出る私についてきた。

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