思春期ヘルメノイティーク

じんたね

プロローグ

 いつの頃からだろう。

 高校の教員として赴任したときからか。男子バレー部の顧問になってからか。あるいは新一年生の担任を引き受けたときからか。今となっては思い出せない。

 不思議な夢を見るようになっていた。

 見知らぬ男性が、いつも助言してくるのだ。

 場所は決まって学校の廊下。そこで私と立ち話をしている。不気味なほど周囲は無音で、ただ真夏の日射だけが包囲している。

「月島という女子生徒には気をつけてください」

「月島? うちの月島つきしま霧子きりこのことですか?」

 まただ。

 また、この夢を見ている。

「そうです。彼女のことです」

「月島は、とても大人しくて真面目な生徒ですが、気をつけるというのは一体……」

 その男性は無言で頭(かぶり)をふる。

 痩せてくぼんだ眼球が、私に有無を言わせない。

「警告しましたからね。不用意に近づかないようにしてください」

 そして彼は、私に背を向けた。

 そう。

 この展開も、いつもと一緒。

 一方的に宣言されて、面を食らってしまう。

「待ってください。どうして月島を警戒しなければいけないんですか?」

 彼の肩に手をかける。

 するとその男は、高温を浴びたガラス細工のようにぐにゃりと曲がったかと思うと、いきなり月島霧子に変化した。

「先生どうしたんですか?」

 彼女は不思議そうに首を傾げる。

「私の顔がそんなのおかしいですか?」

「いや、ここに男の人がいなかったか……? すごい痩せていて、目つきの鋭い……呼び止めようとしたんだが、急にいなくなってしまって……」

「私には先生しか見えません」

「そうか……変なことを聞いたな」

「先生、安心してください。私はどこにも逃げません」

「……月、島?」

 気づけば月島は、私の手をとり、愛おしそうになでていた。その力を次第に強め、爪を突き立てる。私はその様子に怖気を覚え、顔を歪ませた。

「私、先生のそんな顔が見たかったんです」

 にやぁ。

 月島は笑顔を浮かべた。

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