第3話 私は大人だからな。嘘が許されている
「中間試験、お疲れ様でした」
放課後を迎えた苫田井高等学校。私が解答用紙の束を抱えながら職員室に戻ると、花本先生がコーヒーカップを差し出してきた。淹れたての芳ばしい蒸気が、立ちのぼっている。
「ありがとうございます」
いったん、解答用紙を自分の机に置き、それからコーヒーを受けとった。口に含むと、苦みが広がる。
「やっと一段落つきましたね」
「はい。ずっと時間をかけてきても、試験が終わるのは一瞬ですね。あとは採点を残すだけです。それが終われば、バレー部の練習試合のスケジュールを組んで、期末試験の用意をして、夏のインハイに向けて手続きを進めるのみです。ただ、学級ノートに返事を書くことを優先したいですが」
花本先生は、眉を八の字に開く。彼女はコーヒーを片手にデスクに戻ると、国語の中間試験の採点を始めた。
「そういえば先生、お身体のほうはいかがですか?」
私もデスクに戻って採点作業を開始すると、仕事を続けながら花本先生が口を開いた。
「あの日は、いつもより飲んでおられたようですが」
「飲まされた、というほうが正確かもしれません」
「お酒は万人を愛していますから、飲むも飲まされるもありませんよ?」
「……はい」
あの飲み会から、すでに一週間。
翌日はひどい状態で、ここの教職員は二日酔いでぐったりしていた。もちろん不参加の多崎教頭と、鬼の花本先生を例外として。それでもどうにか仕事はこなし、中間試験が実施されている。
「正直、まだふわふわしている気が――あ、しまった」
「どうかされました?」
「今度の練習試合なんですが、引率補助の先生を決めてなくて」
佐々岡との協議のあと、私はすぐに練習試合の手続きを進めていた。幸いなことに、練習試合の相手高は見つかり、申請書類も、半分ほど書き終えている。だが引率補助の先生を、まだ
決めていなかった。
「あ、やっぱり大丈夫です。相手校との話はついているし、バスも手配したから、一人でも」
「私がお手伝いしましょうか?」
ちらり、と横目だけで合図を送ってくる。
「花本先生には、インハイでの引率もお願いしていますし、さすがにそこまでは」
「いいですよ。引率は初めてですから、勉強になりますし」
「……でしたらお願いできますか?」
「はい」
作業の手を止めて、お互いに顔を見つめる。
そしてすぐさま手元の採点作業に、視線を戻した。
「そういえば、国立先生」
「はい、何ですか、花本先生」
「夜から朝方にかけて、これから大雨が降るらしいので、仕事は早めに切りあげたほうがいいみたいですよ」
「そ、そうですか。だったら急いで終わらせないといけませんね。知りませんでした。ありがとうございます」
「いえいえ。注意警報が出ていますから、今日くらいは、早く帰りたいものですね」
「は、はい」
お互いに、横目で視線が合うと、すぐに元に戻した。
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