6.3

「花本先生、お話があるのですが」

 職員室に入ると、ちょうど一時間目を終えた花本先生が、デスクに戻ってきた。

「どのようなお話を聞かれているのかは分かりませんが、月島とは一切何の関係もありません」

 花本先生は、私の顔を見てきた。

「どうか誤解だけはしないで欲しいんです」

「……分かっています。私もあれが実話だとは、信じられません」

「そ、そうです――」

「――ただ」

 彼女は視線を逸らし、何もない机を見下ろす。

「門田杏さんから、相談を受けたんです。お友達の月島霧子さんが、最近悩んでいるから相談に乗ってあげて欲しいって」

「門田から、月島の……?」

「はい。ちょうど先生が風邪で休まれたときです」

 月島に関する、門田からの相談事。

 私の場合とまったく一緒だ。まるでデジャヴを見ているような気分になる。

「月島さんが先生に言い寄られたと、門田さんは打ち明けてきました。先生のことは大好きだけれど、それは先生としてであって、男性としてではないって」

 まるであべこべだ。

 私が先生として振る舞おうとしているのを、月島が否定しようとしていたのに。

「花本先生、それはまるっきり違います! 私はそんなこと一度もしていません!」

「もちろん信憑性を言い出せば、分からないところはあります。ですが」

 花本先生は、きれいな顔で微笑んだ。

「それで私は、先生を疑ってしまったんですね。月島霧子さんに何かしたのではないかって。そうしたらもう、気持ちが、離れるしかなくて……」

 職員室が水を打ったように静まり返る。数人の先生が、聞き耳を立てていた。

「それが彼女の言いがかりだったとしても、もうこの問題は避けて通れません。きっと国立先生とお付き合いを続ければ、煩わしく感じてしまいます。それにもう」

 花本先生は、息を吸った。

「疲れたんです、信じ続けることが」

「…………」

「ごめんなさい、だから、そういうことなんです」

「……分かり、ました」

 私はデスクに置いてあった出勤簿を、脇に抱えた。

「二時間目があるので、ここで失礼します……今までありがとうございました」

 そして一礼をして踵を返す。まだ望みはある。きっと私のことを信じている生徒だっているはずだ。

 そう思いながら、私は職員室の扉を開けた。

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