第66話

 俺と倫也、落ち着きを取り戻した真舞と早夕里ちゃんでテーブルを囲む。

 聞こえてくるのは、先程鍋で温め直した熱々のおでんを冷ますために、フーフーと息を吹きかける音とテレビの音のみ。誰も言葉を発せず黙々と食べる場に耐えられなくなったのは、早夕里ちゃんだった。


「あー‼ なんでこんな静かなの⁉ もっとワイワイできないの?」


 一瞬だけ男三人で同時に早夕里ちゃんの方を向いて、またすぐに無言でおでんに息を吹きかける。


「何があった? 成海」


 ようやく、視線はおでんから外さずに倫也が隣にいる俺に問う。


「……あー、うん」


 頷くだけの俺に、反応を凝視していた早夕里ちゃんはガクッと期待はずれにため息を付いた。


「まどか、もっかい呼ぶ?」


 そう言ってスマホを手にするから、素早く反応する。


「いい、呼ばないで。頼む……」


 今、まどかちゃんはきっとあいつと仲良くやれているんだろうから。邪魔はしたくない。


「なんなん? あの子。成海のことこんな落ち込ませるって、相当だよ? なんか弱みでも握られてんの?」


 ふざけ半分な声で、倫也は白滝の真ん中の蒟蒻を外しながら笑う。

 すぐに、早夕里ちゃんが「まどかはそんな子じゃない」と突っ込んでいるから、俺は箸を置いて片肘をついた。もちろん弱みなんて握られていない。まどかちゃんは、俺の存在すら知らなかったんだ。


「まどかちゃんは覚えていないと思うけど、俺は、まどかちゃんに助けてもらったことがあるんだ。それからずっと、まどかちゃんのことが忘れられなくて、また会いたいって、思ってた」

「……え、知り合いだったの?」


 解けた白滝を麺のようにちゅるりと啜りながら、倫也は驚いたように聞いてくる。


「俺の一方的。大学でまどかちゃんの存在を知ったのはつい最近。しかも、隣には順平がいて、俺なんか声をかける隙もなかった。むしろ、あんな笑顔で笑うまどかちゃん見てたら、ますます声なんてかけれなかったし」

「なんなの? その見た目で自信喪失とか。意味わかんねー。イケメンの単なるわがままじゃないの?」

「ちょっと! 尻に敷いたり、貶したり言いたい放題だけど、倫也くんて片瀬成海のこと嫌いなの?」


 自分の取り皿におでん種を選び取りつつ、早夕里ちゃんが聞く。


「えー、だって成海カッコいいしモテるしセンスあるしー、ハイスペ過ぎるでしょ。嫌いじゃないけどイケスカねぇってか。あ、でもさ、最近の成海はなんかスペ率下がってておもろいけど!」


 ククッと楽しそうに笑う倫也に、早夕里は呆れた表情だ。


「もしかして、さっきまどかの事追いかけて行って、なんか見ちゃったとか?」


 大根を箸で四等分しながら核心を突いてくるから、一瞬何も言えなくなった。さっき見てしまった光景を思い出すとため息しか出てこない。


「……約束、果たせなかったな」 


 ぽつりと呟いて、大きくため息を吐くとわざとらしく笑った。

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