第一章 lemon cider.

第1話

 目覚めればそこは知らない天井で、起き上がったあたしはカーテンから僅かに差し込む光に目を細めた。静かな部屋の中。誰も居ないのかと思ったその時、遠くでドアが開く音が聞こえた。徐々に足音が近づいて来るから、身構えてしまう。そして、部屋のドアが開いた瞬間、知らない顔の男が現れた。


「あ、おはよう。よく眠れた?」


 寝起きだからか、あまりにも状況に理解がついていかない。まだボーッとして働かない頭。必死に考えようとするけど、自分がどうしてここにいるのか全く思い出せない。

 買い物でもして来たのか、シンプルなブルーのエコバックからガサガサとテーブルに何かを取り出しながら男はこちらに笑顔を向けてくる。


「……誰……?」


 あたしが不審に呟くのを聞いて、男の動きが止まった。


「あー、っと、知らない? 俺の事」


 眉を目一杯下げて悲しい顔をしつつ、男は一度部屋を出てからすぐに戻ってきて持ってきたレモンサイダーのペットボトルを差し出してくれた。


「はい、冷たくて美味いよ」


 また、笑顔を向けられて、あたしは警戒しつつもペットボトルを受け取った。


「あー、そんなビクビクしなくても大丈夫だよ。昨日も酔っ払って寝ちゃったまどかちゃんには何もしてないから。安心して?」


 なだめる様に言って、自分の分のレモンサイダーを口にする。レモンの爽やかな香りの中に、ほんのり甘い香水の香りが鼻を霞める。


「あたしの名前……知ってるの?」


 不安に思って聞くと、傾けたペットボトルと一緒に視線をこちらに向けた男は、またニコッと笑う。


「知ってるよ。同じ大学の山辺まどかちゃんでしょ?」

「……え、同じ……大学?」


 こんな人居たかな?


「あー、その顔。今、こんな人居たかなって思ったよね?」


 眉を顰めつつ悲しむように笑う男に、あたしは心を読まれた気がして焦る。


「仕方ないよね、まどかちゃんは順平にしか興味無かったし」


 拗ねるように言った彼の言葉。あたしは「順平」という名前を聞き逃さなかった。そして、昨日のことを鮮明に思い出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る