第28話

「少しは落ち着いた?」


 成海くんの家に着く前の自販機で、今度は成海くんがあたしにコーヒーを買ってくれた。無糖のブラックコーヒーの缶を渡されて、あたしはじっと眺める。


「コーヒーの気分じゃなかった?」

「……えっと……ブラックは、甘いものと一緒じゃないとあたし、飲めなくて……」

「え!? そーなの? やっぱ微糖にすべきだったか。まどかちゃんコーヒー好きなんだと思っちゃったからつい」

「あ、でもコーヒーが好きなのは当たってるよ」

「でしょ? さっき迎えに行った時も部屋の中コーヒーのいい香りがしてたから。こだわりとかあるのかなっては思ったけど」


 微笑む成海くんに、あたしは恥ずかしくなる。


「全然! こだわりなんて……あ、でも、flavorfulフレーバフルのオリジナルコーヒーが最近のお気に入りなんだ。ちょっと高いんだけど、リッチな気分を味わえる気がするの」


 味を思い出しながら語っていると、隣にいた成海くんが優しく微笑んで見ている。その笑顔が綺麗すぎて、あたしは目が合った瞬間にすぐに逸らして、缶コーヒーの栓を開けた。


「好きなものの話するまどかちゃんって、可愛いね」

「え、」

「あ、そうだ」


 サラリと可愛いとか言って、成海くんは何かを思い出したようにポケットを探った。


「これ、さっきマスターにもらったんだよ。洋酒チョコ。これと一緒なら最高じゃない?」


 ニコッと笑った成海くんはキャンディー型に包まれたチョコレートを、包装紙から取り出してあたしの口に向けて来る。


「はい、あーん」

「え⁉︎」


 ニコニコで顔の前に向けてくる成海くんに戸惑いつつ、口を開けた。


「……ん、美味しい」


 カリッとかじったチョコレートの中から、トロリと洋酒のジュレが流れ出す。


「まどかちゃんって酒強い方じゃない? 全然酔ってないよね?」


 encounter.エンカウンターで飲んだのは少しだけ強いカクテルを三杯くらい。きっと、順平と会うことが頭のどこかにあったから、お酒に集中できていなかったのかもしれない。


「この前もあの店の一番強い日本酒ぐびぐび飲んでたし。まぁ、後が大変だったけど」


 苦笑いしつつ、成海くんが話すから気持ちが沈む。


「もぅ、あれはほんと、忘れてほしい……」

「忘れないー。あんなに酔っ払うの初めて?」

「初めてだよー、当たり前っ」


 そんな毎回あんなだったらあたし、おかしいでしょ。そう思って膨れてしまう。


「はは、じゃあその相手が俺で本当良かったね。変なやつにさらわれなくて良かった」

「……そ、それは、あたしも感謝してる……かも」


 あんな精神的に弱った時に、見ず知らずの人に連れて行かれていたらと思うと、今更だけど怖くなる。

 あたしは知らなかったとはいえ、それが成海くんで本当によかったって、今なら思う。


「ありがとう」


 改めて頭を下げると、驚いたように目を見開いた成海くんは、あたしから顔を逸らして前を歩き出す。


「じゃ、帰ろっかー。朝まで気持ち下がんないようにうちで騒ごっか!」


 背伸びをした後に、両手をポケットにしまい込むと、振り向きながら笑う成海くん。

 カラオケの時に見たのと同じように、どこか照れている表情をしている気がした。


 成海くんがくれた苦いブラックコーヒーは、洋酒チョコで大人の甘さが加わって、今までに飲んだコーヒーのどれよりもあたしにとって好きな味になっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る