第29話

 学生寮マンションの中に入り、階段を上がっていると、何やら声が聞こえてくる。


「もう、お願いだからぁ……入れてぇ……、」


 悶えるような、そんな女の子の声がしてきて、あたしの足が止まる。

 前を行く成海くんは何も聞こえていない様に平然と声のする方へと進んでしまうけど。

 ちょっ、と、成海くん?

 誰かいるけど大丈夫なのかな?


「だから、さ、中には入れれないんだって……分かって?」

「ふぇん……意地悪ぅ」


 近づくその声に不安になっていると、成海くんが立ち止まった。


「何やってんの? 真舞」


 呆れた様な口調で成海くんが言ったと言う名前に、あたしは前方を見た。

 成海くんの隣の部屋のドアの前で、真舞くんが早夕里に泣き付かれている。

 困った顔の真舞くんに、早夕里は怒った様に頬を膨らませて腕に絡みついていた。

 あれは、完全に酔っ払っている。

 二人と別れる時に思った、最悪のパターンが目の前で起こっていることに、あたしはもう何も言葉が出てこない。


「ここまで連れてきたんだから、入れてやったら?」


 成海くんは笑いながら軽く言うと、自分の家の鍵を開ける。


「家どこなのか言わねーんだよ……置いてくわけに行かないし……勝手に付いてきたし……部屋汚ねーし……」


 ボソボソと真舞くんは本当に迷惑そうに、でも突き放すことが出来ずにさらに困った顔をしている。


「あ、あたし、早夕里んち知ってるから。だから、一緒に……」

「やだ!!」


 あたしが早夕里の腕を掴もうとした瞬間、早夕里は大きな声で叫んで、真舞くんからようやく手を離した。


「お願い……帰りたくないの……迷惑なのは分かってる。でも、今日だけ、一緒にいてほしいの」


 真っ直ぐに真舞くんを見つめる早夕里の目は、酔っ払ってなんかいない。


「ねー、とりあえずさ、俺んち入ったら?」


 見兼ねた成海くんは自分の家のドアを開ける。ほとんど入っていない寮とは言え、時間も時間であんまり騒いでいては、近所迷惑になってしまう。

 成海くんの言葉に、真舞くんは「そーだな」と言って成海くんが開けたドアから慣れた様に入っていく。


「どうぞ?」


 立ち尽くしていた早夕里にも、成海くんは中に入る様に手を向ける。それを見て、早夕里は一度あたしの方を見てから、すぐに目を逸らして成海くんに「ありがと」と小さく言って入っていった。


「まどかちゃんもどうぞ?」

「あ、うん。お邪魔、します」


 あたしが玄関に入ると、成海くんはドアを閉めた。


「ん? どしたの? 上がって」


 靴を脱がずに立ち止まっていたあたしを追い越して、成海くんは玄関の端でブーツの紐を緩めている。


「あ、うん……」


 この前は、知らないうちにお邪魔してしまっていたからだけど、順平以外の男の人の家に上がるなんて今までなかったから、なんかちょっと、戸惑ってしまう。


「今さら緊張してんの? 大丈夫だよ。あいつらもいるし、傷心のまどかちゃんのこと襲おうなんて考えても無いから」


 成海くんは着ていたコートを脱いでハンガーに掛けると、笑った。


「あ、まどかちゃんのコートも掛けとくよ」

「……あ、ありがと」


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