第3話
いつも通りに講義室に入るだけなのに、あたしの足は重たい。順平とは最近一緒に授業を受けてはいない。だから、会う可能性も低いはず。そうは思いながらも室内を探る。全体を見渡しつつ、順平も絵里子の姿もないことを確認して、出来るだけ誰の目にも見えづらい一番最後尾の端っこに座った。
「まどか」
安心した途端に名前を呼ばれて、思わず出そうになった声を止めるために自分で口を塞いだ。
「昨日大丈夫だったの?」
「……
心配そうな顔をして隣に座ってきたのは、友達の早夕里。あたしは安堵しながら首を傾げた。
「大丈夫って?」
「ほら、なんか知らないけどいきなり片瀬成海に連れ去られて行っちゃったから」
焦っているような早夕里の顔に、あたしは思わず口元が緩む。
「え! 早夕里、成海くんのこと知ってるの?」
嬉しいと思うあたしとは対照的に、目の前の早夕里の顔が怪訝さを増す。
「……成海……くん?」
「……うん?」
「なに、何、何っ⁉︎ そんな仲良さげな呼び方して! なんかしんないけど絵里子はまどかの彼氏とベタベタしてるし、あんた達に一体何が起こったのよ?」
昨日の飲み会に、早夕里も来ていた。
帰り際に見ていたんだろう。あたしが成海くんに連れられていく所を。そして、絵里子と順平のその後も。頭の中に、またしても昨日の事がフラッシュバックして来る。絵里子のヘラリとした笑顔が脳裏に渦巻く。
早夕里には説明しなくちゃ。順平は、絵里子と付き合うことになったって。あたしは、ずっとその事を知らずに、数ヶ月間過ごしてきていたんだって。
だけど、考えると、伝えたくても言葉にならなくて、込み上げてくる悲しさに口を噤んだ。
「……なんとなくさ、あたし気付いてたよ」
早夕里がそう言って、俯いたあたしの頭に優しく手を置いてくれる。
「最近絵里子が順平くんと一緒に居るとこ結構見てたんだよね。そこにまどかの姿はなかったし、明らか二人の距離も近かったし」
「……そう、なの?」
全然知らなかった。あたしは、そんな二人の姿なんて見たことなかった。きっと、あたしにバレないようにしていたんだろう。
「まさかほんとにそういう事になってたとはね。大丈夫? まどかの気持ち、ちゃんと考えてんのかな、あの二人」
表情が険しくなる早夕里に、あたしはそうやって怒ってくれる事が嬉しくて、少しだけ気持ちが和らぐ。
「で?」
「え?」
表情を一変させて、早夕里はあたしに顔を寄せる。
「片瀬成海とはどういう関係なの?」
「……どういうって……」
なんの関係もないんだけど。
説明するなら、名前も知らない人に突然連れていかれて、強いお酒飲んで潰れて、今朝一緒に名前を知った成海くんの寮からここへ来ました。だよね。
いやいやいや、何もなかったとはいえ馬鹿正直に話したら引かれそうだし。
「まどかも知ってるでしょ? あの人女遊びヤバイって。ヤッたの? 成海くんなんて呼んじゃって。遊ばれて捨てられるのがオチだよ?」
「え、あたし、知らな……」
「もう関わらない方いいからね! 順平くんの事で気持ちおかしかっただけだよ。また悲しむまどか見るのやだよ、あたし」
「いや、なんにもなかったよ?」
正確にはそう言われただけだけど、起きた時にあたしの服はそのままだったし、隣に誰かが寝ていた感覚もなかった。
「え?」
「あたし、順平と絵里子の事で相当愚痴っちゃって、それでも……」
話をしているうちに、昨日の成海くんの事を少し思い出した。
泣きじゃくるあたしに嫌な顔一つしないで、優しく頷きながらずっと話を聞いていてくれていた気がする。
「成海くんは、良い人だと思う」
今朝の朝ごはんとか、準備とかを思い出すと、本当にそう思う。
「……まぁ、まどかがそう言うなら。ってかあんまり関わらない方がいいと思うからね。顔も見た目もかなり良いけど、その分いい噂聞かないもん」
「そうなんだね」
早夕里はそう言うけど、あたしは今朝の成海くんしか知らない。あ、後は昨日話を聞いてくれた成海くん。そんなに噂が立つくらいに目立つような人なのに、存在すら知らなかったのは、あたしが順平しか見えていなかったって事になるんだろうな。
そう考えると、また順平の笑顔を思い出して、胸がきゅーっと締め付けられた。
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