第九章  cream moca.

第44話

「う、わ。めちゃくちゃ混んでる」

「……ほんとだ」


 映画館前には人だかり。

 公開初日の映画、【キミと嘘、プラス心。】は大人気俳優と期待の新人女優が演じる少しミステリアスで切ないラブストーリー。数ヶ月前から宣伝が始まっていて、あたしもよく見かけていたから知っていた。だけど、ここまで人気だとは思わなかったから唖然としてしまう。


「席空いてるかな?」

「昨日の今日だからな、前売りとか持ってないし」


 思い付きで来たんだから仕方がない。と、成海くんと一緒にチケット売り場の列に並んだ。長い列を眺めるあたしの目に、一瞬映り込んだ明るいハイライトの入ったブラウンの髪色に、濃いめのリップ。

 ……絵里子?

 反射的に、成海くんの影に身を寄せた。

 絵里子が誰といるのかまでは分からなかった。でも、見えなくても、きっと誰といるのかなんてそんなの考えなくても分かる。

 不安に鼓動が早まっていくから、固まった様に動けなくなった。前に進もうとして振り返った成海くんが、あたしの頭に優しく手をのせる。


「どした?」


 視線が定まらずに戸惑うあたしを見て、成海くんは顔を上げて周辺を見ているようだ。


「知ってるやつでもいた?」


 成海くんは、順平の顔を知っているはずだ。だったら、絵里子の隣にいる順平には、すぐ気がつくはずなのに。

 あたしは、もう一度絵里子の方に目を向けた。やっぱり、どう見てもあれは絵里子で間違いない。もしかして、女友達と来てたのかな。少しだけほっとしてから、ようやく絵里子の隣にいるのが誰か見えた。


「……なんで……?」


 思わず口から零れた。すぐに気がついて、あたしは口に手を当てた。


「……もしかして、あの子……」


 成海くんも、あたしの視線を辿って分かった絵里子の姿に目を止めて、眉を顰める。


「映画は時間変えようか」


 すぐに、成海くんはそっとあたしを隠すように列から外れて外へ出た。


「……ごめん、ね」

「なんでまどかちゃんが謝るの? あんな列待ってられないから。俺の方こそごめんね」


 成海くんはそう言ってから、すぐ目の前のカフェを指差す。


「あ、あれ、あったまりそうじゃない?」


 お店の外看板に描かれた、クリームの乗ったカフェモカのポスターに目を輝かせる成海くんの姿に、あたしは心が穏やかになる。

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