第45話

 木のぬくもりがあるかわいらしい店内はドアを開けた瞬間から、モカと香ばしいナッツのような香りでいっぱいだ。成海くんと向かい合うように案内された席に座る。さっき、外の看板にあったあったかいクリームモカを注文しようと決めていたから、そのまま店員さんに成海くんが声をかけてくれた。


「えっと、モカのクリームのせをで二つ!」

「「え⁉」」


 思わず、あたしと店員さんの驚きの声が重なる。

 目の前の成海くんは、キョトンとして何が起こったのか分からずに首を傾げるから、あたしはふるふると笑いが込み上がってくるのを肩を震わせて我慢しつつ、

「ホットで、お願いします!」と、店員さんにもう一度告げると、同じく肩を震わせながら、「ホットですね! かしこまりました!」と早口に言ったかと思うと、ぎりぎり走らないくらいのものすごい勢いで、店員さんはお店の裏へと入って行った。

 あれ、絶対笑ってる。

 あたしも我慢の限界で成海くんの方を見ると、両手で顔を包み込んでテーブルに肘をつく成海くんの耳が真っ赤になっている。そんな成海くんのことが、可愛く見えて仕方がない。


「めちゃくちゃハズ……」

「成海くん、普段しっかりしてるから、こんな天然なとこもあるんだね」


 周りに変に思われないように笑うのを堪えていると、あたしの目から涙になって出てきてしまう。


「もう、成海くん面白い……っはは」


 ほんと、成海くんといると楽しいことが起こる。順平と一緒にいて、涙が出るほど笑ったことなんてなかった。


「予定が狂ってパニクったんだよ。これでも、まどかちゃんとのデートに緊張してんだよ?」


 え、それはないでしょ。

 とっさに冷静にそう思ってしまうけど、目の前の成海くんは真剣な表情をしている。だけど、まだ耳に残る赤みが真実味を思わせるから、本気に思ってしまう。

 デートなんて、成海くんにとっては友達と遊ぶことと同じくらい当たり前なんだろうなって思う。それなのに、きっと女の子達は、こんな風にくるくる変わる成海くんの姿に、ハマってしまうんだろうな。

 ちゃんと、友達だって割り切っていないと、最後は自分が惨めになるだけ。


「成海くんのギャップが凄すぎる」

「え?」

「かっこいいのに、たまに可愛かったり、天然だったり」

「……それ、褒めてるって思っていいの?」

「え、あー、うん」

「……いや、それ褒めてないって言ってる」

「え⁉ 褒めてるよ!」


 慌ててあたしが返すと、意地悪そうに笑う成海くん。もう照れてなんかいない。

 ホットクリームモカが運ばれてくると、また子供のような笑顔をする成海くんに、あたしまで笑顔になれる。


「聞いていい?」

「……え?」


 スプーンでクリームだけを最初に掬って口にしたあたしに、成海くんはクリームをモカに沈めながら聞いてきた。


「さっき、誰がいたの?」


 戸惑うように、決して強い視線じゃなく、成海くんは不安そうに目を伏せながら聞いてくる。


 さっき、映画館の列で見たのは、確かに絵里子だった。

 当たり前に、あたしは順平と一緒にいるんだと思って、一回それを見たくなくて目を背けた。でも、もう一度その隣を見てみると、絵里子の隣にいたのは、順平でも、女友達でもなかった。

 あたしは知っている。あの男の人のこと。あれは、絵里子の彼氏だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る