第14話

「成海くん、最近付き合いわるいー。今日成海くんちに遊びに行っていーい?」

「あー……ごめんね、はなちゃん。今までこんな俺を好きでいてくれてありがとね、もううちには呼べないから。じゃあね」

「嘘! ヤダ成海くんっ、あたし別れたくないー」


 思いがけず、言い合う成海くんと女の子の姿を目撃してしまって、あたしはすぐ近くの木の影に身を潜めた。


「いや、別れるも何も、付き合ってないでしょ? 俺たち」

「は⁉︎ なにそれっ」

「好きだって言ったのも、家に来たいって言ったのも、全部華ちゃんが勝手にしたことでしょ?」


 成海くんが言うのと同時に、パシンッと平手打ち音が響いた。


「……サイッテー!」


 その場に響き渡る声で吐き出して、泣きながら去っていく彼女の後ろ姿を、あたしは見つめていた。残された成海くんは、周りにいた人たちから一線置かれるように一人立ち尽くしていた。

 なんて現場に出会でくわしてしまったんだ、あたしは。木の影から出るに出られなくなって、しばらく様子を伺っていた。


「なーるー! またやってんのー?」


 陽気な声が聞こえてきたかと思ったら、ピンク色の髪をした服装も派手な男の子が成海くんの俯いた顔を覗き込んでいた。


「どうしたいの? お前」

「……うざ」

「あ? 心配してんだろーがぁ。昨日から変じゃね? 俺これからエステだから、あ、彼女と飯食ってくるから今晩は一緒に食えねーからね、真舞でも誘って。あいつ今日はバイト休みだろーし。じゃ、それ、早く冷やした方いいぞー。カッコいい顔が台無し〜っ」


 ケラケラと笑いを残して去っていったピンクの頭の男の子を、呆れたように見ながら成海くんは叩かれた頬をさすっている。ここから見ていても、赤くなっているのがわかって痛々しい。

 あ、そう言えば。

 あたしはカバンの中に冷えピタリが入っていることを思い出して探す。ポーチの中に入っていたのを取り出すと、成海くんへと視線をあげた。


「見てたでしょ?」


 眉間に皺を寄せた少し機嫌の悪そうな成海くんが、目の前で頬に手を当てながら立っていた。


「わ‼︎ あ……だ、だってあんなど真ん中で言い合っていたら、みんなの注目の的でしょ」


 あたしだって見たくて見ていたわけじゃない。


「それは……まぁ、そうだけど……」


 そう言いながら成海くんの目線があたしの手元を捉えた。


「それ、もしかして俺にくれようとした?」

「え、あ……だって、遠くからでも赤くなってて痛そうだったから」


 あたしが冷えピタリを差し出すと、成海くんは眉間の皺が緩んで笑顔になった。


「ありがと。やーっぱまどかちゃん優しい」


 「貼って」と、膝を曲げてあたしに頬を寄せてくる成海くん。透明感のある肌が赤く腫れていて、そっと触れると熱をもっている。


「気持ちいい、まどかちゃんの手っていつも冷たいね」


 目を閉じてそんなことを言う成海くんの横顔が綺麗で、あたしは自分の手を離すと、冷えピタリを思い切り頬に張り付けた。


「つっ……めたっ‼︎」


 冷えピタリを片側の頬いっぱいに貼られて悶える成海くんの顔は、なんだか凛々しさ半減で、笑ってしまう。


「ちょっと、まどかちゃん笑ってる? ……俺、これで歩いてたら恥ずかしいよな?」

「……そんなことは」

「待って、マジ今、間あったから。ちょっと、この腫れ引くまで付き合ってよ」

「え⁉︎」


 成海くんはフードを深く被ると、あたしの手を取って昨日のように自分のフリースのポケットへと一緒に突っ込んだ。そのまま、スキップするように軽快に歩き始めた成海くんに、あたしはまた連れ去られてしまっていた。

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