第54話

 通話を終了させてから間も無く、あたしはカフェの中にいた。絵里子はさっき映画館で見た時と同じ格好でホットキャラメルラテを飲んでいた。

 窓側のカウンター席の隣に座ると、あたしも同じものを注文した。


「久しぶりだね。全然連絡しなくてごめんね」


 変わらない笑顔で言ってくる絵里子に、あたしは戸惑いながら首を横に振った。


「……順平くんのこと、ごめんね」


 もう一度、唐突に謝られて驚く。


「まどかには話そう話そうって、ずっと思ってたのに、なかなか言えなくて……」


 俯きながらカップに触れながら話す絵里子が、これから何を語るのか、あたしには分からないし、怖くて聞きたくない気もする。


「……もう、いいよ」


 順平のことは忘れるって決めたんだから。だから、絵里子の言葉を遮ったのに。


「あたしがね、順平くんのことを誘ったんだ。全部、あたしが悪かったんだよ。だから、ずっとまどかに合わせる顔なくて……逃げてて。さっき、男の人と一緒にいたよね?」

「……え、」

「もしかして、もう彼氏出来ちゃったの?」


 呆れたような顔をして絵里子が聞いてくるから、あたしは思わず高めの声が出てしまった。


「違うっ、あの人は、そんなんじゃなくて……」

「いいよぉー、別に隠したりしなくても大丈夫。あたし、安心したし。まどか、もっと落ち込んで暗くなってるんじゃないかなって思ってたから。それがさ、今日すっごく楽しそうに歩いてるの見て、思わず拍子抜けしちゃった。順平くんじゃなくても良かったんだ? って」

「え、なに、それ……」


 もしかして、絵里子にもあたしが成海くんといたこと、気付かれていた?


「あたし、順平くんとは付き合ってないよ? ずっとそう言う素振りはしてきてたけど、付き合おうなんて気は元々なかったし。あたし、まどかが思っていただけだったから」


 一瞬、周りの全ての音が無になった気がした。

 絵里子の言葉の意味がわからな過ぎて、一生懸命に頭を働かせる。それでも、答えには辿り着けない。


「……どう言う、こと?」

「まどかが、あたしが先に好きになった順平くんを横取りしたから。許せなくて」


 にっこりと笑顔を向けてくる絵里子の顔は、笑っているけれど、怖い。


「……分からない? まどかってさ、あたしの気に入ったものみんな真似して、奪ってるんだよ。あたしそれがだんだん許せなくなって、最終的にはあたしがずっと好きだった順平くんと付き合うことになったとか……あり得なさすぎる」


 え、ちょっと、待って。あたし、知らない。絵里子がずっと順平のことを好きだったってこと。なにも、聞いていない。言われていない。あたしが順平の話をしている時、絵里子は笑って、何も言わずに聞いてくれていたのに。


「あたし、まどかのこと嫌いだったんだよね。ずっと」


 軽蔑するような冷たい目で絵里子に言われて、視線が逸らせなくなる。全身、石にでもされたかの様に動けなくなってしまった。


「順平くんとは話した?」


 心臓だけが、なんとか大きな波を立てて動いている音が耳の奥から響く。なんとか、小さく頷くことが出来た。


「二人のこと壊しちゃえば、あたしはそれで良かったの。順平くんにもあたしは言ったよ。〝一夜の過ちだった、ごめんね〟って。だから、またまどかのとこに戻るんだと思ってた。だけど、もう彼氏出来ちゃったなんてあたしも驚きだよー。順平くんってなんか物足んないよね? まどかも本当は別れたかったんじゃないの? 良かったじゃん、あたしのおかげ──」


 ダンッ‼

 いつもの調子でベラベラとあざ笑うような絵里子の発言に、あたしは無言でテーブルを両手で叩いて立ち上がった。

 運ばれてきていた、まだ口をつけていないキャラメルラテがその振動でカップの中で波打ってソーサーにこぼれた。


「……最低」


 ポツリ。それしか出てこなかった。あたしはそれだけを言って、テーブルにお金を置くとカフェを出た。

 絵里子の顔も、もう見たくなかった。

 あたしの行動に、絵里子がどんな表情をしていたのかなんて分からない。だけど、そんなの見たくもないし、絵里子がそんな事を考えてあたしから順平を奪っていたなんて、酷過ぎて、もう、なにも……

『あたしね、順平くんのこと気になるんだよねー』

『連絡先まだ知らないんだよね、今日こそ思い切って聞いちゃおっ』

『まどかもかっこいいって思うでしょ? あんな優しくて色気もある人が彼氏だったら、もうあたし何もいらなーいっ』

 急いでいた足が、ゆっくりと歩くスピードまで落ちて、ついには、止まってしまった。

 頭の中で駆け巡ったのは、絵里子とのこれまでの会話。まるで、今まで封印していたかの様に次々と解き放たれてくる。


「……酷いのは……あたしだ……」


『あたし、順平くんのこと本気で狙おっ!』

 最後に浮かんできたのは、いつも表情がクールで一見何を考えているのか分からないことの多い絵里子が、満面の笑みで照れながら言った言葉だった。

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