第21話



「……あー、真舞って言います……よろしく」


 丁寧に長身の膝を曲げて、姿勢を低くして頭を下げるから、あたしは目を見開きつつも、背筋をピンと伸ばした。


「え、と、まどかって言います。はじめまして」

「……知ってる」


 笑いを堪えている様な返答に、あたしは首を傾げた。


「俺は、はじめましてじゃ、ないよ? この前、成海のうちで、騒いでた子でしょ?」

「え⁉︎」


 あたしは思わず成海くんの方を見るけど、成海くんは笑顔で何も言わない。


「大丈夫だよ、君の失態は誰にも、言ってないから」

「……し、失態……」


 なに? 失態って⁉︎ あたし、なにやらかした? この前って……成海くんの家って……


「あ、こいつ俺のうちの隣。まどかちゃん連れて帰ってきた時にちょうど真舞も帰ってきて、まどかちゃん運ぶの手伝ってもらったんだよ」


 運ぶ⁉︎

 ああ、あたし、あの日、この人にも迷惑をかけてしまったの? もう情けなくて涙が出てきそうになる。


「す、すみませんっ! ほんっと、ご迷惑おかけしました!」


 深々と頭を下げて謝るしかない。


「いや、俺はほんとただ、成海と君の荷物持つのに手、貸しただけだし。倫也なんもしねーでただ見てるから」


 ……ともや? また知らない名前に不安が過ぎる。


「……そう、なんですね」

「ごめんな、休みなのに付き合ってもらって」

「別に。家いても、ゲームか、寝てるだけだし」

「今から行くとこ、真舞の働いてるバーなんだ。めちゃくちゃお洒落だよ」


 成海くんが微笑むと、ゆっくり歩き始める二人に、あたしも付いて行った。

 そう言えば、早夕里が言っていた。

『片瀬成海はあのバーテンと知り合いなのかな⁉︎ あたしそっちの方が気になるんだけど!』

 多分、この真舞って人、早夕里の言っていた人なのかもしれない。


 待ち合わせに指定していたBAR【encounterエンカウンター】の入り口付近で、スマホに視線を落としていた早夕里が目に留まって、あたしは声をかけた。

 〝気合いを入れて行く〟とは言っていたものの、ふわふわのオーバーサイズのニットワンピースは、一見あったかそうだけど、思い切りワンショルダーで胸元が露わになっていて、そこからレースのキャミと盛った胸がチラリと見えてしまって目のやり場に困る。下は、たぶんショートパンツを履いているんだろうけど、ほぼ生脚にロングブーツ。


「あー‼︎ やっぱりだ‼︎」


 あたしと成海くんには見向きもせずに、早夕里は成海くんのお友達の真舞くんの前に飛び跳ねるように近づくと、長身を見上げながら嬉しそうに笑顔を向けた。


「この前会ったよねーっ。一緒に飲めるの⁉︎」

「え……」


 明らかに戸惑っている真舞くんは、成海くんに視線を送っているけど、成海くんはなんのことやらとなんの返しもしない。


「まどかちゃんの友達、真舞のこと知ってんの?」


 小声であたしに耳打ちしてくる成海くんから、また甘い匂いがする。


「……なんか、この前このバーを発見したらしくて、その時に真舞くんと話して……気になってるみたい」

「まぁ、あの態度見てりゃ一目瞭然だな。真舞モテてんじゃん」


 嬉しそうに笑った成海くんの顔が無邪気で可愛く見えて、一瞬ドキッとした。


「よかった。楽しく飲めそうだね」


 そう言ってますます笑顔を向けてくるから、あたしは上がってくる熱がバレないように巻いていたマフラーを緩めてひんやりした空気を顔に当てた。

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