第八章 fake Kiss.

第40話

「あと、ピアス見に行こっ! ちょうど俺も新しいの欲しいんだよね」


 スマホを一生懸命スクロールしながら考え込む成海くんの姿に驚いてしまう。


「それ、昨日全部調べたの? だから、寝なかったの?」

「うーん、まどかちゃんの好みとかよく分かんないから、とりあえず〝女子人気〟でとことん検索かけた。で、出て来たのが今の。あ、でも、ピアスは俺の好みのとこでもいい?」


 言いながら、またスマホに視線を落とすから、あたしは唖然としてしまう。

 こんなに一生懸命な成海くんの姿がなんだか微笑ましい。なんでこんなに優しいのかなんて、分からなくても良いのかもしれない。

 成海くんは、こういう人なんだ。

 周りのイメージなんて、あたしにはよく分からないけど、あたしの中の成海くんは、本当に優しくて、一生懸命で、真面目だ。

 『あんなピアスもういらない』そうはっきり、言えたら良いのに。大切な順平との思い出がいつまでも側にあったら、また何度も思い出しちゃうんだろう。

 だけど、あたしはまだ、それを失いたくないと思ってしまっている。

 小さくため息を吐き出してしまうあたしに、成海くんは困った様に微笑んだ。


「じゃあ、準備するから、ちょっと待ってて」

「……うん」


 一旦部屋を出てリビングへ戻ると、キッチンに立つ早夕里の姿を見つけた。


「あ、倫也くんは帰ったよー。片瀬成海寝てたの?」

「ううん、起きて、今着替えてる」

「え? どっか出掛けんの?」


 朝食の食器を洗い終えて、早夕里は手をタオルで拭きながらこちらに来た。


「……うん」


 デートとは、言わないでおこう。

 あたしは成海くんの彼女じゃないし、さっき成海くんはデートしようって言ったけど、これも順平のことを思い出して落ち込んでいるあたしを、慰めてくれる約束のためにしていることだと思うから。


「片付けありがとう。早夕里気が効くよね、いい奥さんになりそう」

「……そんなこと、ないよ」


 褒めたつもりで言ったのに、早夕里の表情が少し曇ったのが気になった。


「じゃあ、あたしも一回帰るね」

「ほんとに、真舞くんのところに戻ってくるの?」

「うん、来るよー。まどかこそ同棲してるならお隣同士だしよろしくねっ」


 荷物をまとめて玄関に向かいながら早夕里が言うから、あたしは「してないからっ」と反論した。

 早夕里が行ってしまって、静かになった部屋にスマホの着信音が聞こえてくる。あたしのではないし、音が遠いから、きっと成海くんのかもしれない。

 しばらくして着信音が途切れると、成海くんの声が聞こえてくる。


「……え? あー……今日は無理、予定あるから。え? 明日? んー、分かった」


 小さいけど、会話が聞こえてくる。なんとなく聞いてはいけない気がして、早夕里が洗って水切りカゴに残していったお皿を布巾で拭いて棚に戻した。

 そんなことをしていると、成海くんがドアを開けて入ってくる。


「あ、片付けしてくれたんだ、ありがとう」


 棚にお皿をしまうあたしを見て、すぐに申し訳なさそうに眉を下げながらも笑顔の成海くん。白いカットソーシャツにオーバーサイズのアーガイル柄のカーディガンを着て、細身の黒パンツの爽やかコーデで現れた。

 いつも思うけど、この人ほんと何着ても様になるしカッコいいんだな。

 そんなことを考えていると、成海くんは自分の耳に付けていた太めのピアスを外している。


「今日は、ちょっと清楚系男子でいこうかなっと思って」


 ニコッと笑う成海くんに、あたしは驚いて目を見開く。


「まどかちゃんも着替えに戻る? そのままでも可愛いけど」


 髪を真っ直ぐに梳かしながら成海くんが聞いてくれるから、あたしは一度家に帰ることにした。清楚系男子の爽やかイケメン成海くんの隣を歩くのに、あたしもきちんとしないとなんだか申し訳ない気がしたから。

 だけど、鼻歌を歌いながらアイロンで前髪を伸ばし始めた成海くんの後ろ姿に、あたしは思わず順平を重ねてしまう。

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