第39話

 慌ててあたしが立ち上がろうとするのを、成海くんが近づいてきて止めた。


「俺、なにした⁉ ごめんっ! 本当ごめんっ。最低だ……まどかちゃんにだけは、手を出さないって思ってたのに……」


 必死で、そう言って頭を下げる成海くんに、あたしは驚いてしまった。


「……な、なにも。してないよ?」

「え、ほんとに?」


 成海くんは何もしていない。ただ、寝ぼけていて、あたしをいつもの女の子達と間違えただけなんだと思う。


「じゃあ、なんで泣いてるの?」

「……」


 それは、順平を思い出してしまったから。

 だから泣いただけで、成海くんはなにも悪くない。あたしが順平を、忘れられないだけ。

 成海くんに聞かれて、答えられずに黙って俯いた。だけど、涙だけは止まらなくて、溢れて来てしまうから、そっと静かに拭うしかない。


「まどかちゃんが泣く理由なんて、一つしかないよな。ごめん。なんであいつがいないとこでも泣かせちゃってんだろ。さっきまではちゃんと笑ってくれていたのに……俺が、気抜いたせいで……」


 俯いていた目に映るのは、震える成海くんの拳。あたしが悲しくならないように、泣いてしまわないように、ずっと、気にしながらそばに居てくれていたんだ。


「どうして……」


 そんなに優しいの?


「お詫びに今日はデートしよう」

「え⁉」


 思わず顔を上げて、滲んだ視界の先に見えたのは笑顔の成海くん。

 あたしの顔はまたしても、ぐじゃぐじゃだろう。

 こんなひどい顔を何度も見ていても、成海くんはあたしのことを突き放したりしない。だから、余計に甘えてしまう。

 順平を思い出したくない。忘れさせてくれると約束した成海くんのことを、頼りすぎてしまっている。

 あたしが順平のことを忘れることができたら、成海くんにもこんな負担をかけさせることも無くなるのかな?

 だったら、早く順平のことなんて忘れてしまいたい。

 そうは思っても、さっきみたいに不意に思い出して、まだ涙が出てしまうのは、まだまだあたしの中の順平の存在が、あまりにも大き過ぎるということ。


「ほら、最近よく宣伝してる恋愛ものの映画見に行こうっ。で、ゲーセン行って最近アニメで人気のピンタのぬいぐるみを取りに行こう! あ、あと大学の近くの洋食屋のオムライスがめちゃくちゃ美味いらしいから、お昼はそれ食べて……」


 急に、マシンガンのように成海くんの口から次から次へと情報が飛び出してくる。

 それが止まったかと思ったら、徐ろにスマホを探りはじめて、しばらく目を落とした。かと思うと、ニコニコでまた笑顔を向けてくる。

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