第36話

「え⁉ 片瀬成海ってこんな家庭的なの⁉ やば。ギャップ! これで女子を落としてんのねー……ってか、誰?」


 リビングに一足先に戻った早夕里がなにやら騒いでいる。そちらに視線を向けると、あたしの目に飛び込んでくる鮮やかな赤寄りのピンク色。

 さっきまでいなかったピンク頭の人に、あたしは固まった。しかも、きちんと座って朝ごはんを食べている。


「え? なるはたぶんその子にだけだよ? キミはおまけじゃない? 連れてくる女の子達にはなんか冷たいっていうかー、気持ちないっていうかー、ベットの中でだけなんじゃない? 優しいの。まぁ、俺は成海に抱かれたことないから知らんけどーっ」


 あたしの方を見ながらケラケラ笑う彼に、あたしはなにも考えられなくなる。


「こいつ瀬戸倫也。隣んち。たまにっていうか、ほぼうちで一緒に飯食べてる」


 成海くんが、大皿にサラダを華やかに盛り付けて運んで来ながらそう言った。

 ……ピンクの頭の人と、お隣さん……ん? そう言えば。

『倫也見てるだけでなんもしねーし』

 成海くんが紹介した名前に聞き覚えがあった。真舞くんの口から発せられた名前と一致するのを思い出して、急に頭がガンガンと痛くなってくる。

 この人にまで、あたしの失態を見られていた……?

 無言のまま、あたしはキッチンに戻った成海くんのそばに行った。


「まどかちゃん、眠れた?」


 優しく微笑んでくれる成海くんは今朝もかっこいい。だけど、早夕里と話し始めているピンク頭が気になって視線を向けた。


「ああ、倫也? 見た目チャラいけど面白いやつだよ?」


 ……いや、チャラくて面白いって。あたしには近づけないタイプの人だ。近付くのも怖い。


「……まどかちゃんは、俺とベランダで食べよっか。ここもう狭いし」

「……え、」


 成海くんが囁いて、大皿から仕切りのついたお皿に二人分の朝食を取り分け始める。そして、ベランダへのドアを開けて小さなテーブルに置いた。


「俺らはこっちで食べるから。飲み物とか自分でやれよ、倫也。早夕里ちゃんにも出して」

「はー? 成海がやってよー。俺食べる専門ー」


 椅子から動こうとしない倫也くんに、早夕里が呆れてしまっている。


「もう、あたしが持ってくるから」

「ありがとーっ! さゆちゃんっ」

「かっる! うっざ!」

「うわーひでー。でも優しっ♡」


 そんな二人のやり取りを聞きながらもベランダに出ると、ようやく上がり出した朝日が眩しい。


「さむっ……」


 目を細めて、思わず出た一言に両腕を抱えるようにして摩った。

 スッキリとした青空だけど、空気は冷んやりと冷たい。吐き出す息が微かに白くなる。


「な、成海くん、外寒いから、中の方が……」


 成海くんは寒がりだから。これじゃかじかんでしまう。きっと、あたしが倫也くんに苦手意識を向けたことに気が付いてくれたんだろうけど。


「はい、これあれば大丈夫だよ」


 ふわふわのフリースにマフラー、膝掛けを腰に巻いて、完全防備な成海くんはあたしにも、ふわふわの膝掛け毛布を手渡してくれる。

 もこもこの成海くんに、あたしは思わず笑ってしまった。


「……え? 変?」

「ううん。なんか、可愛い」


 あたしがそう言って成海くんのふわふわに触れると、目の前の成海くんの顔が赤くなっていくのを見て、慌ててしまう。


「……あ、えっと、ごめんね、可愛いとか……」

「可愛いのはまどかちゃんの方でしょ……」


 成海くんは空いていた片手を大きくひろげて、隠すように自分の顔いっぱいに包み込んだ。照れている顔を見られたくないのか、そのままあたしから顔を背けてしまった。


「ほんと、倫也じゃなくてまどかちゃんに毎日ここにいて欲しいんだけど」


手すりに手をついてそこに頭を乗せると、今度は真っ直ぐにこちらを見つめてくる成海くんの顔は、もう照れていなくて真面目だ。

 きっと、他の女の子にも言っているんだろうな。

 すぐにそんなことを思って、あたしは何も言わずに苦笑いをするしかない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る