第七章 consomme soup.

第35話

 いつの間にか寝ていたあたしは、きちんとベッドの中にいた。起き上がると、隣には早夕里が寝ている。


「あ、まどか……寝ちゃったねー」

「うん……」

「あー、片瀬成海の匂いがする」

「……早夕里……」


 まくらのタオルに顔を埋めて、早夕里がまた静かになるのを見て、あたしは思わず微笑んでしまう。

 成海くんの匂いは、ほんのり甘い香水の香り。あたしも成海くんの匂いはスキ。

 やっぱり、成海くんって女の子を引き寄せちゃうくらい魅力的な人なんだ。あたしも、うっかりそれにハマってしまわないように、気をつけなくちゃいけないのかもしれない。


「よし、起きよ。あたし顔洗いたい」


 ばっちりメイクの早夕里は一晩寝ても化粧崩れを知らない綺麗な顔で言うから、あたしも布団から出るとリビングへの扉を開けた。


「あ、おはよー。タオルそこあるし、この前の歯ブラシ置いてあるから使ってね」


 サラリとそう言ってキッチンに消えて行った成海くんに、隣にいた早夕里はあたしの方を向いて、何か言いたそうに眉を顰める。

 そんな早夕里には何も言わずに、バスルームへむかった。

 顔を洗って、鏡の前に置いてあったピンクの歯ブラシに手をかけた瞬間。


「……え? 同棲?」

「ち、違っ‼︎」


 早夕里の言葉に、あたしは一気に頭に熱が上がってすぐに否定した。


「え? どう言うこと? なんでまどか用の歯ブラシ用意されてんの? あたしのは?」

「……えっと……」


 詰め寄る早夕里に焦っていると、ガチャっとドアが開く。


「はい、早夕里ちゃんの歯ブラシ」


 成海くんが半分ドアを開けて、未開封の歯ブラシを差し出してくるから、早夕里は受け取った。


「あ、ありがと……」


 パタンとすぐに閉まるドアに、早夕里はまたあたしに向き直る。


「って、こっちは未開封だけど、明らかにそっち使用済みだよね?」


 まだ早夕里の疑いの目は変わらない。

 責められ続けるのも疲れるから、あたしはため息をつくと、あの日の事を話し始めた。

 鏡の前で、歯ブラシを咥える早夕里は疑うように細い目をしている。


「本当に何もなかったの?」


 鏡越しに合った早夕里の目線から目を逸らす。

 なにもなかったはず。あたしは何も覚えていないから。成海くんは嘘をついたり、まして女の子に不自由なんてしていないっぽいし、あたしなんか相手にしてない。

 昨日の早夕里への接し方を見て、それは感じた。

 ただ単にフラれて落ち込んだ酔っ払いのあたしを、優しく介抱してくれただけ。それを考えると、やっぱりあたしって、最悪だ。


「まぁ、さすがにあたしがいたから昨日もまどかには手出してこなかったけど、ほんと気をつけなね? あたし、あのめちゃくちゃ優しいイケメンは信用してないから」


 怒った顔で言うけど、早夕里が成海くんのことを褒めているのかけなしているのか分からなくなる。

 確かにあんな感じで優しくしていたら、みんな成海くんのことを好きになってしまうんだろうな。華ちゃんが良い例だけど……あの時のことを思い出してしまう。

『なーる、またやってんのー?』

 あのピンクの頭の人が言っていた。

 〝また〟って、きっと成海くんにとっては、あたしみたいな存在は日常茶飯事なんだろう。

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