第34話

成海side

「まだ痛むの? 後頭部」


 さっき早夕里ちゃんに押し倒されてぶつけた後頭部を摩っている真舞を気の毒に思いながら、笑った。


「思いっきり乗っかってくんだもん……回避できなかったし……そこまでもう痛くはないけど……」

「……けど?」

「本気で、言ってたんだよな? さっきの」

「え? 早夕里ちゃんのこと?」


 女に興味ないのは知ってたけど、真舞は優しいから放っとけないんだろうな。テーブルに手を組んで、俺は話を聞く体制になった。


「……家にも帰りたくないのは、本当なんだと思う。さっきも、置いてこようと思えば、突き放してこれたんだけど……なんか、可哀想で……」

「……可哀想……か。まぁ、色々訳ありな子って面倒だろうけど、良い機会じゃない? 早夕里ちゃんとどうこうなれとは言わないけど、ちょっと様子見てみたら?」


 困った顔で大きなため息をついた真舞は、視線を別な方へ向けた。


「で、……どうすんの? ……これ」


 視線の先には、仲良くソファーで寝てしまったまどかちゃんと早夕里ちゃんの姿。

 きっと、二人とも気持ちの重さに疲れて寝てしまったんだろう。お酒も、早夕里ちゃんに限っては相当飲んだみたいだ。


「俺、まどかちゃん運ぶから、真舞は早夕里ちゃん連れてきて?」


 立ち上がって、早夕里ちゃんが倒れてしまわない様にしながら先にまどかちゃんを抱き上げる。ソファーに一人になった早夕里ちゃんの姿に戸惑っている真舞を置いて、俺はさっさとまどかちゃんを運んでしまった。

 女の子に触れることなどほぼない真舞がどうするのかと見守ることにする。すると、そばにあったタオルを早夕里ちゃんの胸元に掛けて見えないように隠している。確かにアレは真舞には刺激が強すぎる。そして、軽々早夕里ちゃんのことを持ち上げた。


「……え、……めっちゃ、軽っ……」


 ぐいぐい来ていた早夕里ちゃんの圧を思い出すと、拍子抜けしてしまったのか、驚いている真舞にはやっぱり笑ってしまう。無事に二人をベッドへと運び終えると、再びリビングに戻った。


「俺、帰るな……」

「え? 帰んの?」

「寝る。倫也もそろそろ帰ってくんじゃない?」


 チラリと壁にかけられた時計に目を向ける真舞の姿につられて時刻を見ると、もうすでに午前五時を過ぎたところだった。


「もう日も登るな、あ、もし外で倫也に会ったら、絶対に静かに入って来いって言って?」

「りょーかい」


 真舞は後ろ姿で手を振ると、出ていった。

 数分もしないうちに、玄関が開く音がして静かに足音が近づいて来る。


「え? 今日は女二人連れ込んでんの?」


 浮ついた足取りの倫也が、真舞と交代する様に現れた。


「連れ込んだのは一人だけだ。あとはその友達」

「ふぅん。ま、どうでも良いけど。それよりさっ、すみれちゃんがさー……って、聞けよ」


 ウキウキしながら話し始めようとしていた倫也を無視して、ソファーに座ってスマホを一生懸命にスクロールする。横から画面を覗き込んでくる倫也は拍子抜けした様な声を出した。


「……なに、それ?」


 スマホの画面には、拳銃を向けるイケメンスパイと可愛いぬいぐるみを抱えた女の子が写っていて、アニメが始まる。


「あー、なんか、今女子に人気らしい。この女の子の持ってるぬいぐるみが喋って、人の心を読んで活躍するんだって。みんなゲーセンで取ってる動画上がってる」

「……なに、それ……」

「ピンタだって」

「は? いや、何そんなの調べてんの? って話」


 呆れた目をする倫也は、動画には興味なさそうに俺の前に座ってテーブルにうつ伏せた。


「まどかちゃんとデートしようかなと思って。今女子って何が人気あんのかなぁと思って調べてたんだよ。ほら、ピンタ持って踊ったりしてるし。あ、あと、新人女優と人気俳優の出る恋愛映画も明日から公開らしくて、話題に上がってる。あー、あとさ、倫也この格好どう思う?」


 ぐったりとしながら、倫也は不審な目を向けて来るけど、構わずに聞く。寝ていた頭を少しだけ起こして、スマホの画面を見ると呟いた。


「清楚系男子……? そんな格好したらまたモテちゃうでしょ。全方面からモテる気?」


 やれやれとトレーナーの長い袖をぶら下げながら両手を上げた倫也は、袖を捲って手を出すと振った。


「ま、とりあえず俺帰って着替えて来るねー。朝ごはんにはもどるよーん」

「あー、用意しとく」


 空返事をしつつ、再びスマホの情報をチェックしはじめる。

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