第52話
オムライス屋さんはいつも通る道沿いにあって、あたしはそこのお店をよく利用していた。成海くんは初めてだったらしく、奢ってあげる立場としては凄く嬉しいお店だった。これも実は成海くんのはからい? いや、それはないか。
メニューを真剣に眺める成海くんはスラリと長い指でページを捲っている。その姿はやっぱりかっこいい。
「決まった?」
悩んでいる成海くんにあたしが聞くと、すぐにメニュー表から顔を上げて微笑む。
「やっぱ定番は抑えといた方いいよね、まどかちゃんは?」
「あたしはね、ここではデミグラスソースのオムライスって決めてるんだ」
あたしがそう言って店員さんを呼ぼうとすると、それを成海くんが止める。
「それって、誰と来てそれを頼むの?」
「……え、」
悲しげに成海くんの目があたしを見つめる。
ここには、絵里子と来ることが多かった。そして、順平とも来た事がある。あたしにとっては、今は考えたくない二人との思い出の場所とも言える。でも、今はそんなの気にも留めていなかった。
「あ、と……大丈夫だよ、あたし成海くんと楽しく過ごせて忘れてたよ。だから、これからは、ここは、成海くんと一緒に行ったオムライス屋さんだって、思えるんじゃないかな」
きっと、成海くんはあたしがこのお店に順平との思い出があるんじゃないかと、気にしたりしてないかと、心配してくれているんだと思った。
何だか、この短い時間で、あたしは成海くんのことをよく分かるようになってしまったのかもしれない。
「そっか、なら……」
「デミグラスソースが本当に美味しいんだよ! おススメ!」
なるべく、成海くんを不安にさせたくなくて、あたしはメニュー表のデミグラスソースのオムライスを指差す。そんなあたしに、成海くんはいつもの笑顔になって、「じゃあ、まどかちゃんのを一口もらおうかな。違うのを頼めば、二度美味しいでしょ?」そう言って店員さんを呼ぶと、今度はスムーズに注文をする成海くんの姿に、あたしはやっぱり驚くばかり。
オムライスが来るまでの間、窓の外を眺める綺麗な横顔から視線を下ろすと、成海くんの隣の席に座らせられたピンタが、あたしに満面の笑顔を向けてくれていた。ピンタを見ているあたしに気がついた成海くんも微笑んでくれる。
オムライスが運ばれてくると、食べる前にあたしに一口掬ってスプーンを向けてくるから、もう有無を言わさずに食べさせてくれるんだと、あたしも戸惑ったりしないでパクリと食べた。
「ふふ、なんか餌付けする母鳥の気分」
「え⁉」
やっぱり、自分で食べれば良かったとあたしは恥ずかしさで俯いてしまう。
「まどかちゃんのも貰うね」
そう言って、あたしのオムライスを自分で掬ってパクリと食べてしまう成海くんに、あたしは少しだけ不満になる。
何だか、いつもあたしだけ恥ずかしい思いをしている気がする。餌付けする母鳥って、やっぱり、成海くんはお母さんじゃん。
「……まどかちゃん? なんか、怒ってる?」
目の前から不安げな声が聞こえてくるから、あたしは成海くんの顔は見ずに首を振ってとろとろのデミグラスソースを掬って食べた。
やっぱり美味しい。
順平はあたしと同じでいいって言って、一緒にデミグラスソースのオムライスを食べていた。もちろん、食べさせてくれたりとかはしてくれないし、そんなの無くたって楽しかった。
あの時、食後に頼んだカフェオレに、あたしの作ったカフェオレの方が美味しいって、言ってくれたな。店員さんがそばにいるのに、聞こえるんじゃないかってヒヤヒヤしてたっけ。
思わず止まってしまっていた手を動かしながら、オムライスを完食した。
スプーンから手を離したあたしの前で、成海くんが小さくため息をつくのが分かって、顔を上げた。
「美味しかったね」
そう言って微笑んでいる成海くんはまたどこか寂しげで、あたしはいつの間にかまた順平のことを考えていたことに胸が痛んだ。
映画館に戻って映画を見て、思った以上に感動して泣きながら成海くんと一緒に映画館内のベンチでしばらく感想を言い合った。
外はすっかり暗くなってしまっていて、見上げた夜空に小さな星が見えた。
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