第47話
思い返して止まっていた手を、あたしはようやく動かしてクリームをまた掬った。
「あの子だよね? 順平のこと寝取ったの」
「え、」
成海くん、絵里子を知ってる?
顔を上げて成海くんのことを見ると、眉を顰めてイラついている様に見えた。
「あの子、まどかちゃんと仲良かったよね?」
「……友達、だったから」
あたしの中では、一番の。
「さっき、順平の姿はなかったけど、隣に男居たよな?」
「……うん」
小さく頷くあたしに、成海くんはカップを持ち上げてゆっくり飲んだ。
お店の中に広がるモカの香り。休日で人の出入りも頻繁にある。流れるクラシック調の音楽が耳に心地よくて、現実逃避できそうなゆったり空間だ。だけど、あたしは現実を受け止めなきゃならない。
「……一緒にいたの、絵里子の彼氏だった」
そう告げた瞬間に、穏やかな音楽が消えて、人の声が消えて、目の前の成海くんの表情が困惑していくのを感じた。
もう一度、さっきの二人の姿を思い出す。
やっぱり、絵里子と笑って話していたのは、美容師の彼氏の、
「……え? 彼氏? ……順平は?」
「……分からない。でも、絵里子はあたしが順平と付き合い始めてすぐくらいに、圭佑さんと付き合い始めたの。別れたって話は、聞いていない」
くるりと、あたしはモカの中にクリームを沈めた。
「そう……」
頷いて、成海くんは何かを考えるように顎に手を置いてから、あたしを真っ直ぐに見つめる。
「気になる……よな?」
気にならないと言えば、嘘になる。
あれから絵里子とは会っていないし話してもいない。でも、順平が絵里子を選んだのは事実だから、もし、最悪、絵里子がただの気の迷いで順平とそうなってしまっただけだとしても、順平はあたしの所へはもう、戻ってきてくれないと思う。
「……もう、良いよ」
あたしは、考えることをやめた。せっかく成海くんといるのに、暗くなりたくない。
「ほら、今日は楽しいことたくさん考えてくれてたでしょ? 思い切り楽しんだら、順平のこと忘れられるよ。絵里子のことも、もう考えたくないし……だから、ね、もうこの話は終わりにしよ?」
いくら考えたって、順平はもう戻ってこない。何が真実かなんて、今は知らなくても良い。悲しみはもうドン底なんだよ。これ以上知って、傷を抉る様なことはしたくない。あたしは、全てを受け止められるほど、強くない。
弱いから、こうやって、成海くんを頼ってしまっている。もう、成海くんに甘えるのだって、今日で最後にしなくちゃ。
「今日は、たくさん楽しも! もうさっきのことも忘れる! えっと、ピンタ……だっけ? それってなんなの?」
あたしが話題を変えると、成海くんは泣きそうに眉を下げて切ない顔をした後に、優しく微笑んでくれた。
成海くんは、どうしてあたしの気持ちをそんなに汲み取ってくれるんだろう。
優しいだけじゃない。そこまでしてくれるのは、優しさだけじゃ出来ない気がする。本当に、成海くんは、優しすぎるよ。
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