第二章 meat sauce pasta.

第7話

「ピンポーン、お邪魔しやーすっ」


 ドタバタと賑やかに入ってきた男の声に、茹で上がったパスタを湯切りしていた手を止めずにそちらに目線だけを送った。


「あれ? 鍵開いてた?」

「いっつも開いてんじゃん。なるちゃんってば不用じーんっ」


 フラフラと千鳥足でリビングまで来たそいつは、缶ビール片手に顔はほんのり赤い。


「は? また飲んでんの? お前酒弱いだろ」

「弱くたって好きなんです! ははは〜っ」

「……あっそ。倫也ともや飯食べたの?」

「んー? まだー」

「食べないで飲んでたらますますヤバいだろ。ちょうど出来たから、食べてよ。昨夜ゆうべのお礼」


 オリーブオイルを絡めたパスタに湯煎したミートソースの袋を開けて皿に盛り付ける。買ってきたチキンサラダも小皿に添えた。


「おおー! うまそう! なるちゃんが女だったら俺、絶対に嫁にしたいわ」

「丁重に断っとく」

「え、失恋? 悲しい」

「いいから食え」


 向かい合って座ると、悲しむフリも束の間、倫也はミートソースパスタを美味しそうに頬張る。


「あ、なうももう?」

「あ?」


 口いっぱいに詰め込むから何言ってんのか分からないけど、差し出された缶ビールに、〝なるも飲む?〟と言ったんだろうなと解釈して、素直にそれを受け取った。


「で? なんなの昨夜ゆうべのあれは?」


 倫也は思い出すようにして顔を顰めた。


「あー、だってさ、一緒の部屋に居れないと思って。だから倫也んちに居させてもらったんじゃん」

「なんでだよ。別に女なんかいっつも連れ込み放題してるだろ」

「うっわ、言い方ひどくない?」

「え? なんか間違ってた?」

「勝手に向こうから部屋に来たいって言うから連れてきてただけで、俺が連れ込んだわけじゃない」

「えー、結局同じことじゃないの?」

「違うだろ」


 俺の発言に腑に落ちない顔で倫也はフォークにぐるぐると大量に巻きつけたパスタをまた口いっぱいに詰め込んだ。


「べさのほは、なんはひはってんほ?」

「……食うか、喋るかどっちかにしろよ」


 詰め込みすぎてなに言ってんのかわかんねぇ。

 倫也はゴクッと口の中のものを飲み込むと、ティッシュで口元を拭きながらちゃんと喋った。


「今朝の子はなんか違ってんの? マジカノ?」

「いや?」

「ただのお持ち帰りにしては待遇良すぎじゃね?」

「お持ち帰りしたわけじゃないけど」

「あー、ただの介抱か、スッゲー酔っ払ってたもんね。なるがあんな必死にここまで連れてくるの初めて見たし。放っときゃいいのにさー」

「放っとけないから連れてきたんだろ。勝手に体が動いてたし」


 『俺が、忘れさせてやるから』なんて、まどかちゃんにあんな顔をさせる順平が、あの女が、信じられないと思って。咄嗟に出た言葉だった。

 フォークにパスタを絡ませたまま、一度皿の上に置いて、缶ビールの栓を開けた。


「倫也さ、木下きのした順平じゅんぺいって知ってる?」


 倫也が順平と一緒にいるところなんて見たこともないし、きっと知らないんだろうとは思うけど、一応念の為。


「誰?」

「知らねーか、ならいいや」


 目の前の虚ろな目をして首を傾げる倫也の返答に、速攻で諦める。

 ようやくフォークに絡めていたパスタを口に運ぼうとした瞬間、突然テーブルにゴンっと大きな音を立てて、ペットボトルが落下してきた。

 思わずフォークを手放してしまって、カランっと音を立てて落ちるフォークよりも先に、頭上を見上げた。

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