第三章 café au lait.
第12話
授業が一気に憂鬱になった。
歩いてここに来るまでに、順平や絵里子と会ってしまわないか、二人が仲良く歩いているところでも見てしまった日には、ほんと、きっと立ち直れないかもしれない。机に突っ伏していたあたしに、声がかかった。
「おはよ、まどか。ダルそうだね」
「あ、早夕里。おはよう……うん」
「まだ落ち込んでんの? まぁ、まだ切り替えは出来ないだろうけど、順平くんだけが男じゃないでしょ。 まどか可愛いもんっ、もっといい男見つけなよ」
元気付けてくれているんだろうけど、前向きな早夕里の言葉も、今のあたしには全然響かない。
「あ、今日飲み行くけど、まどかもおいでよ。今まで彼氏持ちだったから誘わなかったけど、もう誘い放題でしょっ。やったー」
両手を高くあげて喜び、早夕里はもうあたしが行く前提で話をすすめている。そんな早夕里の話はあたしの耳を右から左へと流れて出ていってしまう。
「あ、後ね、うちの大学の人がバーテンやってるお洒落なバーを発見しちゃって。しかもその人、一見無愛想な感じなんだけど、背めっちゃ高くて、話しかけるとめちゃめちゃ照れて困りつつも一生懸命話してくれて、もうっ可愛いのっ! また会いたいから、今度まどかも付き合ってよ」
はしゃいで言っている早夕里の目が、もはやハートになっている。
つい最近彼氏と別れたばっかじゃなかったのかな? この子は。みんな、なんでそんなに次から次へと新しい出逢いを求めるんだ。あたしなんて全然ダメだ。
ちょっとでも気を抜くと、また順平のことを考えているし、涙腺故障してる。
「え、ちょっと。目潤んでる! 大丈夫?」
「……じゃない。あたし、ちょっと出てくる」
「えー、まどかー」
引き止める早夕里に振り返らずに、あたしは講義室から出た。
ほんと、ダメだ。全然ダメ。
自販機で買ったあたたかいコーヒーの缶を片手に、外のベンチに座っていた。日差しはあるけど、風が冷たい。手に持って来ていたカーディガンを羽織った。
「また落ち込んでんの?」
いきなり後ろから声がかかって、あたしは飛び跳ねるようにベンチから離れて後ろを振り返った。
「あはは、俊敏! まどかちゃんって運動神経良かったんだ?」
「な、な、な……成海くんっっ⁉︎」
ふわふわのアイボリーのフリースのポケットに手を突っ込んで、黒のパーカーのフードを被った成海くんが楽しそうに笑っている。
まだドキドキと驚いている心臓に深呼吸をして、酸素を送る。
「ごめん、驚かすつもりなかったんだけど」
お腹を抱えてまだ笑いながら、成海くんはあたしが座っていたベンチに座った。
「まどかちゃんも座ったら?」
トントンっと隣を、チラリと袖から少しだけはみ出した長い指で示すと、微笑んでくる。その笑顔は、やっぱり誰もがカッコいいと思うのも頷けるくらいにカッコいい。
「あー、今日はいい天気だねー」
足を投げ出して、空を見上げた成海くんは眩しそうに目を細めると右手で額に影を作る。
「……成海くんは、授業ないの?」
「え? あー……まどかちゃんがこっちに走ってくの見えたから」
「え? サボっちゃったの? 大丈夫?」
「うん、平気。俺、これでも頭いーんだよ?」
自分の頭を人差し指で指しながら、ヘラッと笑う笑顔は、なんだか嘘をついているっぽい。こんなにかっこよくて、頭も良かったら、完璧すぎる。そんなわけない、きっと。
「あたしの為に、単位落としたりしないでね? そんなのは、嬉しくないし……」
俯きつつ、あたしは成海くんに小声で言った。
「あ……うん。そっか、そーだよね。分かった。じゃあ、戻る」
投げ出した足を自分の方に引いて、シュンっと明らかに影を作る成海くんに、あたしは戸惑ってしまう。
「とりあえず、ID交換だけしよっ。昨日すっかり忘れてたから。そしたら戻るね」
ポケットに突っ込んでいた手を出すと、出てきた手に握られていたスマホをあたしに掲げて、ニンッと悪戯に笑う。
あたしは開いた口が塞がらない。
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