第11話

 自分の口から出た大きなため息によって、あたしは現実に引き戻される。

 これをもらった日、確かにあたしは順平の彼女になれたはずだった。それから毎日が楽しくて、幸せで、順平に会えると思うと勉強もやる気が出たし、色んなことに積極的になれた。

 ──それなのに。

 ひとつだけになった手のひらの上のピアスを見つめて、今度は小さなため息が出た。


「……なんで、こんなことになっちゃったんだろう」


 絵里子だってあたしと順平のことを応援してくれていた。一番あたしを分かってくれる親友だから、何もかも包み隠さずに話してきた。

 お酒の勢いで関係を持って、親友の彼氏を奪う様な子じゃないって、あたしは思ってる。思ってる、けど……だったらなんで?


 間違いだったなら、それで良いのに。許せるかって言ったら、許せないと思う。だけど、起こってしまったことは仕方がないし、あたしは順平と一緒に居たい。だから、順平が戻ってきてくれるなら、もう、なんだっていいよ。

 一夜の過ちだったって、ごめんって、戻ってきて欲しいよ……順平。


 ピアスを握りしめて、あたしはその場に崩れる様に座った。たくさん泣いたのに、涙ってどっから出て来るの? もう出てこなくて良いのに。溢れて来る涙を止められなくて、しばらくそのまま泣いていた。

 泣き過ぎてぼーっとする頭で、ようやく湯船に浸かっていた。

 もう、あのピアスも思い出になっちゃうのかな。

『俺が、忘れさせてやる』不意に、成海くんの言葉を思い出した。

 順平のことを忘れるなんて、思い出になんて、したくないよ。出来ないよ。こんなに大好きなんだよ。成海くんには悪いけど、やっぱり、無理かもしれない。

 順平の笑顔を思い出しながら、あたしはそう思ってまた目尻を拭った。


 夕飯を食べながらスマホを見ていると、メッセージが届いていることに気が付いた。

 一旦箸を置いて、スマホの画面に写る名前に思わず息を呑んだ。

 新着メッセージの送信者は、順平。震える指で、開いてみる。


》怒ってるよな?


 たった一言だけ。その一言が、こんなに嬉しいって思うなんて。

 酷いことをされたのに、順平からのメッセージに胸が高鳴るなんて、あたしはどうかしてるかもしれない。

 すぐに返信しようと指を動かす。

 ───だけど


「……なんて?」


 素直に、怒ってるって送って良いのかな?

 怒ってないよって強がれば、順平は安心して絵里子と堂々と付き合うんだろう。きっと、まだあたしに対して後ろめたさがあるから、こうやってメッセージを送って来るのかもしれない。だったら、はっきり怒ってるって返した方が、あたしのことを気にしていてくれるのかな。

 思わず、止まった指とスマホにため息を溢した。


》順平と、ちゃんと話したいよ


 怒らないから、怒ってないなんて言えないけど、大好きな順平のことを怒ったりしないから、だから、ちゃんとどうして絵里子とそうなったのか、どうしてずっと騙していたのか、あたしを、ちゃんと好きでいてくれたのか、聞きたい。


 ようやく送信して、テーブルにスマホを置いた。食べかけのご飯を済ませてベッドに入るまで、スマホが鳴ることはなかった。既読はついたものの、順平からのメッセージは、それきりだった。

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