第6話
成海くんの歌声は、透き通る伸びの良い心地のいい声だった。
喋りかけてくれる弾んだ声ともまた違って、優しくて少し低い甘い声。切ないバラードが、より切なく胸に響いてくる。
順平はどちらかというと、ノリの良いロックな曲調の歌を歌うことが多かったから、なんだか成海くんの歌う姿や声は、同じ空間にいるのに画面越しで見ているような、そんな錯覚に陥ってしまう。
あたしは、知らずに頬を伝っていた涙が拭った掌を濡らしていることに驚いた。
歌い終えた成海くんがあたしの方を振り向いて、一瞬目を見開いた後でマイクを静かに置いて隣に座った。
「ごめん、選曲間違えた」
申し訳なさそうに言ってしゅんとなる成海くんに、あたしは首を思い切り横に振る。
「ううん! すごく綺麗で、上手くて、なんか……感動しちゃった」
泣いてしまったけど、それは本当に思ったことで、あたしは成海くんに笑顔になる。
「まどかちゃん……」
目の前の成海くんの顔が困ったように赤くなるのを見て、照れているのかと思った。
「成海くん、もしかして照れてる?」
あたしが顔を覗き込んで聞くと、成海くんは口元に手を当てながら表情を隠して、置いていたマイクを持ち直したと思ったら、あたしの方を見ないで向けてきた。
「じゃあ、まどかちゃんも歌って。俺めっちゃ褒めるから」
「え⁉︎ 褒める前提? それ、めちゃくちゃハードル上げてない⁉︎」
「俺ん中では上手い前提なの!」
「何それ‼︎ ますます歌えないよ!」
成海くんの変なあたしへの期待に呆れてしまう。
ため息をついたあたしに成海くんが笑ってくれる。
「あ、涙止まったじゃん。じゃあ、一緒に歌おっか」
「なにが良いかなぁ」と選曲に悩み始める成海くんの横顔に、あたしは気が楽になった。
一瞬考えた順平のことも、楽しい成海くんの会話や歌ですぐに消える。
本当に、成海くんはあたしから順平のことを忘れさせてくれるのかもしれない。そう感じて、あの約束を本当にしてほしいと思ってしまう。
カラオケから出たあたしは、寒そうにコートのポケットに手を突っ込んでぴょこぴょこ足踏みをする成海くんに、小指を立てて向けた。
「ん?」
「……約束、しても良い?」
遠慮がちに聞くあたしに、成海くんは微笑んですぐに右手をポケットから出すと、小指に繋いでくれた。成海くんの小指はあったかくて、優しくて、頼りにしたいと切に願ってしまう。
「ゆびきりげんまん。嘘ついたら、」
「……ついたら?」
「もう二度とまどかちゃんの前には現れません!」
「……え?」
「はい、約束ねっ」
「あ、うん……よろしくお願いします」
「お願いされます」
深々頭を下げる成海くんに、あたしも頭を下げた。
暗くなった街にネオンが灯り始める。
隣を歩く成海くんは街ですれ違う人達に、度々「かっこよ」「めっちゃイケメン」、こちらに聞こえてくるほどにみんなが振り向いていると言うのに、本人は何も聞こえていない様に平然と歩いている。
確かに、見上げるほどに身長が高くて長い足。信号待ちで立ち止まる姿でさえ絵になるようなスタイル。
長めの前髪から遠くを見つめる目はキリッとしていて色気を感じさせる。
そんな成海くんの目線が、あたしを捉えた途端に緩まる眉と目尻。
「ん? なに?」
微笑んで聞かれると、そんな誰もが振り向いてしまう人と歩いている自分が信じられなくて、現実逃避してしまいそうになる。すぐにその優しい目から顔を背けて、俯いた。
信号が赤から青に変わる。
ずっとポケットに入れていた成海くんの手が片方だけ伸びてきて、あたしの手をとる。
「わっ、冷た……」
冷え切っていたあたしの手に驚いた成海くんは、すぐにあたしの手ごとまたコートのポケットに突っ込んだ。
成海くんの手の温もりとコートのふわふわがあたしの心まであったかくしてくれる。
あたしのアパートまで送ってくれた成海くんは、「またね」とすぐに踵を返してしまうから思わず呼び止めてしまった。
「成海くん!」
「ん?」
すぐに振り向いてくれる成海くんに、あたしは引き止めてしまったことに慌てる。
「あ、えっと、ありがとう。楽しかった……」
あたしが言うと、成海くんはまた目を細くして微笑んでくれる。
手を振って、何も言わずに行ってしまったその背中を見送ってから、あたしは自分のアパートへと入って行った。
次の更新予定
Slowly but surely.〜ゆっくりと、でも確実に〜 佐々森りろ @sasamoririro
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