第57話
足取りも重く、結局遠回りをしてアパートに帰ってきたあたしは、家の鍵を開けようとして、スマホが震えていることに気が付いた。さっき絵里子からの着信があった後に、マナーモードへと切り替えていた。着信表示には、〝早夕里〟の文字。
鍵を開けてドアを開きながら、通話に出る。
「早夕里? どうした……」
『……まどか……たす、け、て……』
「え⁉」
スマホの向こうから聞こえてきたのは、早夕里の消えそうにか細い声。
いつも元気いっぱいなあの早夕里の声とは思えないくらいに弱々しくて、あたしは一瞬頭の中が真っ白になった。
「え⁉ ちょっと……なに? 早夕里、大丈夫⁉ どうしたの?」
早夕里の声に不安になってドアを閉めると、あたしは電気をつけるのも忘れて返事を待つ。
『……ったたたぁ……なんっでこんなとこにペットボトルが転がってんのよぉ! ごめーん、まどか、まじ、あたしを助けて』
悶絶しながらも、怒りのこもった言葉の後に今度ははっきりと、助けを求めて来る。大事ではないような気がするから、少しだけホッとする。
「……な、なにやってんの? 早夕里」
部屋の電気をつけて、いつも通りにケトルでお湯を沸かす。途中で買ってきたプリンを冷蔵庫にしまいながら、早夕里の返答を待つと、なにやらがたがたと物音がした後にようやく返事が聞こえてきた。
『真舞くんち、思った以上にヤバい‼』
「……真舞くんち……?」
そう言えば、また来るって言っていたけど、本当に行ってたんだ。呑気にそんなことを思いながらマグカップにインスタントコーヒーを入れて、沸いたケトルを持ち上げてお湯を注ぐ。
『片瀬成海が、まどかにもう会いたいって言ってたよ』
「は⁉ って……あっつ!」
注いでいたケトルを戻す瞬間に、零れてきたお湯が手に当たって、あたしは飛び跳ねる。急いで流しで冷水を流し、お湯の当たった手の甲を冷やす。
『え、大丈夫? どうしたの?』
「どうしたのじゃないよ。早夕里が変なこと言うから」
『え? 変なこと言った? あたしそのままの事言ったんだけど』
スマホの向こうは明らかに悪気のない声だ。あたしの方が、変に動揺してしまったんだ。
『とにかくさ、お願い。明日も休みじゃん? 今から助けに来て? まどかの好きなプリン買ってあげるから、ね』
早夕里の甘えた声に、あたしは冷蔵庫の方へと視線を向けた。さっき買ってきたプリンがそこで食べられるのを今か今かと待っている。賞味期限は明後日まで。
仕方がない。早夕里のプリンを先にしよう。まだそこにいてくれ、プリンくん。
「……分かった。助けに行くから」
『ありがとーっ! あたしの救世主!』
キンキンに鼓膜を貫く勢いの声に、あたしは思わずスマホを離した。
通話を終了して、その場で立ったままブラックコーヒーを口にした。
「……やっぱブラックは苦いな」
ぽつりと呟いて、順平の後ろ姿を思い出す。
冷蔵庫には牛乳がある。それを入れれば、ちょうどいい温さになるし、飲みやすい。だけど、カフェオレにしちゃうと、ますます順平を想ってしまう。
ため息をついた後に、あたしは動きやすい服をクローゼットから取り出した。
『真舞くんち、思った以上にヤバい!』早夕里の声は冗談には聞こえなかった。一体どんな部屋に住んでいるんだろう、真舞くん。着替えながらそんなことを考えつつ、学生寮へと向かった。
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