第55話
私は元々荷物なんてたいしてなかったから、その少ない荷物を持って、虎牙君の家に住む事になった。
何度もここで過ごして数日いるのも珍しくなかったのに、改めてここに二人で住むと思うと、何だか妙にそわそわしてしまう。
「何そんなとこで突っ立ってんだ。座れ」
靴を脱いですぐの場所で立っていると、怪訝そうに眉を寄せる虎牙君に声を掛けられる。
少し緊張しながら、座り慣れたソファーに軽く腰掛けた。
「疲れたか?」
虎牙君が隣に座って、こちらを見る。
「ううん、平気。虎牙君が荷物持ってくれてたから、特に疲れる事なかったし」
もちろん、荷物を持たせて貰えるわけもなく、ここに来るまで私は手ぶらで歩いて来たのだ。
「虎牙君、お父さんの事、本当にありがとう。私だけじゃずっと同じ事の繰り返しだった」
「別にたいした事はしてないだろ。俺はお前といてぇだけだからやったまでで、礼を言われるような事はしてねぇよ」
でも、やっぱり一人にした父が心配だったけど、後から知った話では、母の同級生で酒屋の店主さんが、今まで何度も父の様子を見に来てくれていたらしい。
家を出る時も、父の事は心配せず任せろと言われた。
申し訳なかったけど、あの人なら大丈夫だろうとお願いする事にしたのだ。
幸せになれと、父と店主さん二人に抱きしめられた感触は、今でもしっかり残っていて、気持ちが温かくなる。
私は隣に座る虎牙君に体ごと向き直る。
ブルーの入った綺麗な目が、私をまっすぐ見つめるから、心臓が凄くうるさい。
「今回の事も含めて、虎牙君には感謝してもしきれない。私が何をお返し出来るかは分からないけど、私なりの誠意は見せて行きたいし、その……」
言葉にしようとすると、やっぱり緊張する。
「私、は……私はこの先の人生を、出来る限り虎牙君と一緒にいられたらって、思い、ますっ……」
言いたい事がどれだけ伝わるかは分からないけど、これが私の答えだ。
沈黙。
何か言って欲しいのに、虎牙君は何も言わず、黙っている。
恥ずかしくて下を向いた私は、恐る恐る虎牙君を見る。
手で額を押さえ、顔を真上に向けている。
これは、どういう感情なのか。
「だ、大丈夫っ!? 頭痛い? 何かいるならっ……」
言い終わる前に、虎牙君が何か言った。
聞こえなかった私は、少し近づいて聞き返す。
「今、何……っ!?」
視界が虎牙君の大きな手の平でいっぱいになり、指の隙間からチラリと虎牙君の顔を盗み見る。
もう片方の手で口元を覆い、顔を横に逸らしていて、その耳は真っ赤だ。
虎牙君が、照れている。
今私の頭に浮かんだ“可愛い”なんて言葉を口に出して言ったら、絶対怒るだろうな。
「おい……何ニヤニヤしてやがるっ……」
「し、してないっ!」
「してんだろーが」
確かに、口元が緩んでいるであろう自覚はある。
だけど、こればかりは仕方ない。
バツが悪そうにしている虎牙君を見つめて、私はハッキリとした言葉で言う。
「好きだよ、虎牙」
恥ずかしいとか、勇気がいるとか、そんな事を考える暇もないくらい、自然と出る言葉と同時に緩む頬。
綺麗な瞳が見開かれて揺れた。
「っ……クソ可愛い顔して笑ってんじゃねぇよ……」
そのままソファーに倒され、虎牙君の大きな体が私を覆い隠す。
「俺を散々煽ったんだ……抱き潰される覚悟、出来てんだろーな?」
お手柔らかになんて、聞いて貰えないんだろうと諦めて、私は返事の代わりに、虎牙君の首に手を回した。
[完]
凶獣恋愛〜その愛に祝福を〜 柚美。 @yuzumi773
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