第34話
お昼休みが終わって、御手洗から出てくると、外が慌ただしく、屋上への道に人集りが出来ている。
「あ、あの……何か、あったんですか?」
「あー……うん、殴り合いしてるらしくて」
この学校で喧嘩なんて、日常茶飯事なのに。
こんなに問題になるものなのだろうか。
人がたくさんいてよく見えないし、私には関係ないだろうからと思ったけど、微かに聞こえてくる声に、足が止まった。
人の間をぬって前に進むと、不良と呼ばれる人達の煽りにも似た盛り上がる声が聞こえ、殴り合う二人の生徒が目に入って体が強ばる。
「な、んで……」
獣織君と、琉依君が殴り合っている。
どうしてこの二人がこんな事になっているのか。
全く意味が分からなくて、怖いけど、そんな事言ってられなくて。
二人には、私が知らない絆みたいなものを感じていて、そんな二人の喧嘩は見ていたくなくて。
体が勝手に動く。
騒いで盛り上がる人の間を抜け、二人に近づく。
「ダメっ!」
「ぅわっ! ちょ、颯夏っ!? 危ないっ!」
「ぁぶねっ……邪魔すんじゃねぇっ……」
獣織君の振り上げた腕に抱きついて、力いっぱいしがみつくけど、力の差が歴然で、私は獣織君の力の反動に倒される。
「颯夏っ! 大丈夫っ!?」
琉依君が私の体を起こしてくれる。
でも、私が視界に入れているのは、何故か一瞬傷ついたみたいな顔をし、舌打ちをした獣織君だった。
「男の喧嘩に女がしゃしゃり出て来てんじゃねぇよ、痛い目見てぇのか、お前は」
「虎牙っ、お前はまたっ……」
言い捨てるように言った獣織君が扉の方に歩いていくと、人集りが両側に別れて道が出来る。
「颯夏、怪我ない?」
「あ、はい……」
琉依君の手を借りて立ち上がる。
「あの、何で、喧嘩……」
「あー……うん。俺と虎牙はさ、性格は正反対だから、たまにこうやってぶつかんの。言葉だけじゃどうにもならない時ってあってさ。あんまり理解はされないんだけど、拳で語り合う、みたいな? 俺等には結構普通だったりすんだよね」
体でぶつかって、分かり合う。そうやって、二人は今までずっと一緒に歩いてきたのか。
「まぁ、でも、今回は多少の意地みたいなのもあったっていうか、どっちも折れないからだいぶ拗れちゃったんだけど」
拗れたと聞いて、急に不安になる。
「あー、そんな不安そうな顔しないで。大丈夫だよ、俺等にはこれが自然だし、そのうちちゃんと元に戻るからさ」
頭を優しく撫でて笑う琉依君を見上げる。
そして、獣織君の去った扉の方を見る。
「虎牙が気になる?」
「え、あ、そう、ですね……」
「即答か……妬けちゃうなぁ」
言って、琉依君が腰に手を回して、唇が触れた。
「ねぇ、颯夏。虎牙の事、好き?」
そんな事分からない。
だって、獣織君とは体を重ねる以外にほとんど関わらないし、何より私は、彼を知らな過ぎる。
「颯夏さ、虎牙じゃなくて、俺にしない?」
突然の申し出に、頭が追いつかない。
「俺なら、颯夏を泣かせたりしないし、大切にする」
琉依君は優しくて、いつでも私を助けようとしてくれる。
私は、どうしたいんだろう。
心は確実に揺れているはずだし、琉依君といたら穏やかではあるだろうけど、さっきからずっと頭には獣織君がいて。
彼を探さなきゃと体が疼き始めている事に、困惑している。
「好きとか……その、最初が最初、だったし……そういうのは私には分かりません。琉依君は優しいし、いつだって私なんかを気にかけてくれて、凄く嬉しかったです。でも、私はっ……」
言葉を遮るみたいに、唇が塞がれた。
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