エピローグ
第54話
これは一体、どういう状況なのか。
丸いテーブルを挟んで、父と虎牙君が向かい合って座っている。
二人にお茶を出し、私は二人の丁度中間に座る。
今日父はまだお酒を飲んでいないようで、比較的落ち着いていた。
「あー……要するに、君は颯夏の彼氏で、将来的に颯夏を嫁に欲しいと……」
「まぁ、簡潔に言えばそうだな。で、今日俺が来たのはそれだけじゃねぇ」
正座している父と、あぐらをかいて片腕を机に置いている虎牙君は、まるで立場が逆に見える。
虎牙君の態度と迫力のせいか、映画とかでよく見る、借金取りにでも脅されてるのかと聞きたくなるような光景だ。
「俺は今後、この家に颯夏を帰らせるつもりはねぇ」
「……な、君は何をっ……」
「あんた颯夏の親だろ。仮にもこいつを保護して守る立場の人間が、一体何やってる」
虎牙君の言葉に、父の顔が強ばり、言葉を詰まらせる。
「俺は別にあんたがどうなろうと、正直どうでもいい。仮にあんたがくたばった所で痛くも痒くもねぇしな」
冷たく言い放つ虎牙君を見る。
でも、私は何も言わない。
彼の言葉には、冷たさだけじゃない、何かがあるのが今ではちゃんと分かる気がする。
「でも颯夏は違うだろ。過去に縋って酒に頼って、いつまでも燻って頼りになんねぇ親でも、颯夏にとってはたった一人の家族だ。あんたしか血の繋がった家族はいねぇんだ。そんなんも分かんねぇような人間と、一緒に暮らさせるわけにはいかねぇんだよ」
言葉は多少乱暴で容赦はないけれど、声音は落ち着いている虎牙君から、父は目を逸らして俯いた。
父の気持ちも分からなくないから、胸が痛むけれど、今までみたいにしていては、父の為にもならないし、母が悲しむ気がして。
「お父さん……私ね、どんな状態でも、お父さんの事大好きだし、大事だよ。けど、私は彼と一緒にいたいんだ」
これは父にも、虎牙君にさえ言わなかった事。
「一生会わないってわけじゃない。でも、今の状態のお父さんと一緒にいても、お父さんと私にはいい事は一つもないと思う。それを踏まえて、この家を出る事を、彼と一緒にいる事で、お父さんを一人にしてしまう事を、許して下さい」
私は父に頭を下げた。
息を飲む父の気配を感じながら、頭を下げ続ける私の肩に、父の手が触れた。
「颯夏、頭を上げなさい」
久しぶりに触れる父の痩せた手が、そのまま頬に触れた。
「今まで辛い思いをさせてしまって、本当にすまない。謝って許される事じゃないのは分かってる。母さんがいなくなって、生きる意味が分からなくなって、ヤケになってお前を苦しめた父さんは親失格だ。それでも……お前の父親でいる事を、許してくれるだろうか……」
お酒もやめて、ちゃんと社会復帰すると言ってくれた父に、私は溢れる涙を拭う事すらせず、抱きついた。
笑いながら泣く父の姿を初めて見て、久しぶりに優しい手が髪を撫でる感覚に、私も笑顔になる。
「あんたが本気で酒をやめて生活してくってんなら、俺が諸々は用意してやる」
虎牙君からの提案と手助けもあり、父はアルコールを断つ為に治療をしながら、仕事をし始めた。
決して楽ではないけど、それでも父はお酒に溺れていた頃とは違って、清々しい顔で楽しそうに暮らしている。
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