第29話
獣織君の要望で、エプロンを付けさせられる。
本当に気に入ったようで、私がエプロンを付けようとすると「俺がやる」と奪われてしまい、紐を結んだ後は満足そうに見て、頭にキスをされた。
本当にどうなってしまったのか。
彼の行動の意味が分からず、混乱する。
だけど、今はとにかく目の前の“獣織君のご飯を作る”というミッションをやり切る事が先決だ。
あまり待たせないように、彼の様子を横目に見ながら調理をする。
今は機嫌がいいであろう、獣織君の気分を害するという事は、自分の身を危険に晒す事になる。
この身に散々刻み込まれているから、それだけは避けなければならない。
一通り出来た物を運ぶ為、トレーに並べる。
ソファーで雑誌を広げていた獣織君が、おかずをトレーに乗せて持ち上げて振り返ると、後ろで立ちはだかっていて、トレーを落としそうになる。
「危ねぇ。これ、持ってくのか?」
「え、あ、はい……」
手からトレーが奪われる。
急いで手伝う為に、他の用意を持って走り寄る。
「すげぇな、お前。こんなん作れるとか、魔法かよ」
ごく一般的なものしか作った覚えはないから、大した事はしていないのに、目をキラキラさせている獣織君の口から“魔法”という言葉が出るとか。
何か、可愛い、気がする。
こんな事は、口が裂けても言えないけれど。
「またニヤニヤしやがって……一体何なんだよ」
「な、ななっ、何でもないですっ……」
私は顔の筋肉を引き締めて、必死に取り繕う。
獣織君がおかずに気を取られてくれているおかげか、それ以上の追求はなかったのが救いだった。
座って手を揃えて合掌し、獣織君が食べ始めるのを見届け、私はキッチンに戻ろうと踵を返す。
でも、それは許されなくて。
手首を掴まれる。
「お前、食わねぇの?」
「へ? あ、えと……考えて、なかった、です……」
まさか一緒に食べるとは思わなくて、どうしたらいいか分からなくなる。
「まだあるんだろ? お前も座って食え」
私が呆然としていると、テキパキとご飯をよそって、準備が整うと、肩に手をおいた獣織君が耳元で「エプロンはそのままな?」と言って、前の席に座らされる。
せっかくだし、獣織君も満足そうなので、お言葉に甘えて頂く事にする。
食べながら、獣織君を盗み見る。
「うっまっ……お前、料理上手いんだな」
「う、まくは、ないです……。その……ま、毎日、作ってれば……普通だと……」
作っても、普段は誰かに感想を言ってもらえる機会なんてないから、恥ずかしくなってしまって、少しムズ痒い。
「何? 照れてんの? ふっ、可愛いじゃん」
「っ……ぁ……」
獣織君が少し笑って、親指で私の鼻を撫でた。
獣織君の口から、また珍しい言葉が飛び出て、絶句してしまう。
獣織君の口から“可愛い”だなんて。
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