第44話

啄むみたいな優しいキスをしながら、獣織君は何かに気づいたみたいに「あっ」と言った。



「後お前、その獣織君てのいい加減やめろ。敬語もなしだ」



名前を呼べと言っているのか。



ハードルが、高い。



「まさか、琉依が呼べて俺が呼べねぇなんて言わねぇだろうな」



「うっ、あ、えっと……」



琉依君は雰囲気が呼びやすいというか。



「呼んでみ、ほら“虎牙”だ」



こめかみ、頬、首筋にキスをしながら、耳にキスをして囁く。



「こ、ぅがっ、君っ……」



「君はいらねぇ……まぁ、いいか。そのうち慣れてけ」



助かった。



恥ずかしくて顔から火を吹きそうだ。



「名前呼ぶだけでそんな真っ赤になるか? 可愛い奴」



ちゅっと触れるだけのキス。



「琉依の方も片付いたみたいだし、とりあえず、帰るか。膝、手当てしねぇとな」



言われて初めて、膝を擦りむいている事に今更気づく。



気づくと、ピリピリと痛み出す。



「琉依君は、大丈夫、ですか?」



「敬語」



「ぁ、えと……大丈夫、かなって……」



「お前を保護した事は言ってあるし、本人は元気だとよ」



いつの間にやり取りをしたのか。



「そういえば、俺からお前が琉依と逃げた事、俺はまだ許してねぇからな」



意地の悪い顔で、獣織君、いや、虎牙君はニヤリと笑った。



「だ、だって、あ、あれは虎牙君がっ……」



「他の女の事なんてほっとけ。俺はお前にしか興味ねぇし、そもそももうお前にしか勃たねぇ」



そんな恥ずかしい事をサラリと言ってのけるんだから、さすがと言うかなんと言うか。



抱っこされたまま、私は注目の的になっている事から、出来るだけ逃げるように虎牙君にしがみついた。



「次は甘えん坊か? あんま可愛い事して煽んな、今すぐ食っちまいそうになる。それとも、俺に食ってくれって、おねだりでもしてんの?」



違うのに、違わない。



チグハグな気持ちが、虎牙君の熱く誘うみたいな熱い目に見つめられ、ゆっくり頷いた。



「っ、クソっ……。煽ったのはお前だからな、覚悟しろよ」



ゾクリと背中が粟立って、私の体は確実に虎牙君に抱かれる事を期待してしまっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る