第58話 【大蟻戦争】隠れんぼ

——カノーラ村のとある家の中にて————————————————


 襲い掛かってきた蟻達を倒し、辛うじて窮地を脱したアルフレッドは【ポーション】と〖ヒール〗で足を治して状況を整理していた。

 彼が今いるのは自分自身の〖ワールウィンド〗で飛ばされた先にあった民家の中である。


 「まず足の調子だが、<HP>が完全回復しているのに、上手く動かせないうえに力も入らない……うん。後遺症が残ったっぽいな。下手打った……」


 【ポーション】も回復魔法の〖ヒール〗も、どんな傷でも治せるというわけではない。

 傷が深すぎると完全には治せずに後遺症が残ってしまう場合もあるのだ。


 今回の場合、右足がほとんど潰されてしまっていたために、【ポーション】や〖ヒール〗では完全に元通りとはいかなかったのである。


 一応立ったり歩いたりはできるのだが、右足に関してはふくらはぎから下の感覚がなくなっており、歩くにも引きずるような感じになってしまい、走ることはできない。

 またあまり強く踏み込めないため、剣での戦いにも影響しそうである。


 下手すると、というか下手しなくても普通は冒険者を続けられなくなるほどの怪我だが、そこについてアルフレッドはそれほど悲観していない。


 「足は後でリリヴィアに治してもらうしかないな」


 リリヴィアなら最上級の回復魔法が使えるので彼女に頼れば後遺症も治せるのである。

 あまり借りを作りたくないという思いはあるが、こんなところで冒険者を辞めたくはない。

 素直に頼って、借りについては後で返すことにする。


 「その他の問題点としては……」


 アルフレッドは冒険者証で自身の<ステータス>を確認する。


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<HP> :101/101

<MP> :  3/ 44

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 ・


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 「……<MP>が尽きて魔法がほとんど使えないことか。剣術スキルの〖一閃〗なんかは<MP>が無くても発動できるから一応まだ戦えはするが……」


 さらにベルトに付けている腰袋や背中に背負っている背嚢の中を確認する。


 「回復薬については【ポーション】が残り1つ。【マナポーション】はゼロ。その他で役立ちそうなのは食糧と着替えと……それからリリヴィア特製の【デビルブラックトリカブト】……1体くらいならこれ飲ませれば倒せるだろうな。もっとも今回みたいに大群と戦う場合だと、1体仕留めたところであんまり状況は変わらないと思うが……」


 先ほどの蟻達との戦いで<MP>の大半を使ったうえ、足の怪我を治すために【ポーション】だけでなく〖ヒール〗も使ったため、<MP>はもうほとんど残っていない。

 回復しようにも【マナポーション】は残っていない。


 もともと〖ヒール〗の練習で【マナポーション】は残り少なくなっており、何かあったときのために取っておいた最後の1本を蟻達との戦いの中で使用したのだ。


 【デビルブラックトリカブト】については昨日の夜リリヴィアから分けてもらったものを背嚢の中に入れていたのだ。


 「えーっと、【マナポーション】に頼らずに<MP>を回復するには、しっかり食事をとってぐっすり眠らないといけないんだが……こんなところでいま寝たら蟻達に喰い殺されるからナシだな……ってことは走れない上に魔法も無しでこの場を乗り切らなきゃいけないわけか……ムリじゃね?」


 とりあえず、背嚢の中から干し肉を1つ取り出してかじり、水筒を取り出して水を飲む。


 こんなことをしても<MP>が回復するわけではなく、はっきり言って気休めにしかならないのだが。

 しかしいまは気持ちを落ち着けて冷静に行動しなければならないので、気休めでもやった方が良いのだ。


 「とりあえず、落ち着いたし、外の様子でも……」


 アルフレッドは蟻達に見つからないように慎重に窓の外を覗くと———


 「クチャ、クチャ」


 ———その視線の先には体長3メートルの大きな赤い蟻がいた。


 「……〖鑑定〗」


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<名前> :ギギー

<種族> :オーガアント

<ジョブ>:将軍蟻Lv26/55

<状態> :通常

<HP> :239/239

<MP> : 85/ 85

<攻撃力>:210

<防御力>:200

<魔法力>: 65

<素早さ>:188

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 ・

 ・


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 アルフレッドはすっと顔を引っ込める。

 ちなみにオーガアントは別の方向を向いていたのでアルフレッドには気付いていない。


 (よし。状況は変わらないな。見つかったら終わりっていうピンチのままだ……)


 なぜこんな強敵がすぐ近くにいるのかというと、アルフレッドが蟻達との戦いで出した〖ワールウィンド〗のせいである。

 アルフレッドが全力を込めて出した竜巻はかなりの大きさだったため、村全体から見ることが出来た。


 そのため村の中心部にいた約50体の蟻達も強敵の存在に気付き、そのボスであるオーガアント(Cランク)が手下を引き連れて対処しにやってきたのである。


 なお、アルフレッドは蟻達に見つかる前に家の中に入って隠れたので今はまだ見つかっていない。

 もちろんさっきの状況確認の時に言っていた独り言も蟻に聞こえないように小声で言っており、気配も〖隠密〗スキルで消している。


 (〖気配察知〗によると、いま村にいる蟻達は全部ここの近くに来て、辺りの家の中やら物陰やらを探してるな。この家に入ってくるのも時間の問題……)


 アルフレッドは干し肉を口でモグモグしながらどうするかを考える。


 (俺が見つかる前にリリヴィア達が村に到着して蟻達を蹴散らしてくれたら助かるんだが、普通に間に合わないよな……となると、どうにかして時間を稼がないと)


 アルフレッドは周りを見渡す。

 彼がいるのは居間で食事をするためのテーブルやイスなどがあるが、身を隠せそうな場所はない。

 彼は右足を引きずりながら居間から出て家の中を見て回る。


 台所には塩などを入れる壺や、地面を掘って作られた食糧の保管スペースなどがあるが、人間が入るにはいささか狭いうえに、無理に入ったとしてもすぐに見つかりそうだ。


 寝室にはクローゼットやベッドがあるのだが、ここでも戦いが起きたらしくどちらも壊されており、部屋全体が荒らされている。


 (この家の中に隠れられそうな場所は無いっぽい……げっ!? 蟻が来ちまった……)


 そうこうしているとアルフレッドがいる家の中にも1体の蟻が入ってきた。

 〖気配察知〗でいち早く気付いたアルフレッドは寝室の入り口のすぐ側で待ち構える。


 侵入してきた蟻(キルアント)はアルフレッドの存在に気付かず、寝室に入ったところで首を斬り飛ばされ、一瞬で倒される。


 (ふう、外の蟻にはまだ気づかれてないな。だけど、さすがにここに隠れ続けるのも無理だ。脱出しよう)


 アルフレッドは斬った蟻の頭部を持って家の出口に向かう。


 (脱出するって言っても走れないのはキツイよな。どうか見つかりませんように……)


 そんなことを祈りつつ出口に着いたアルフレッドは外の様子を窺うと


 (すぐ近くにいるキルアントは……目の前にいる2体と、死角で見えないけど、家の周りをうろついているのが10体、〖気配察知〗に引っかかってる。まずはこいつらの目を盗んで、家の前の麦畑に潜り込む)


 アルフレッドは蟻達に見つからないように注意しながら、持っていた蟻の頭を放り投げてすぐに隠れる。

 投げられた頭はピューンと飛んで、家の反対側にある別の家の壁に当たり、ガンと音を立てる。


 「ギ?」

 「ギギ!」


 その音を聞いた近くの蟻達は一斉に音が聞こえた方向に向かっていき、その動きを〖気配察知〗で感じ取ったアルフレッドは家から出る。


 「よし、上手く注意を逸らせた。頼むから脱出できるまで俺に気付かないでいてくれよ」


 アルフレッドは隠れていた家の前にある麦畑に入ると急いで身を伏せて外の蟻達から見つからないようにする。

 畑に植えられている麦の穂は収穫にはまだ早いものの、しゃがんでしまえば人間1人くらいは十分隠してしまえるくらいの高さに育っていた。


 (できるだけ麦の穂を揺らさないように、それでいて出来るだけ早く……)


 アルフレッドは腹這いになって手足を地面に擦るようにして動く。

 目指すは蟻のいない畑の反対側。

 もちろんここでも〖隠密〗スキルはフル稼働状態。

 万が一にも見つかって囲まれたら絶対助からないから当然だ。


 (げっ、1体畑に入ってきたよ。見つかっちまったか?)


 だが〖気配察知〗では畑に入ってきた蟻はアルフレッドがいる方向とは別の方向に歩いていく。

 どうやらまだ見つかったわけではないらしい。

 さらに別の蟻が2体ほど畑に入ってきたが、こちらも明後日の方向に歩いている。


 (うーん……いま下手に動くのはまずいな……なんとかやり過ごして、蟻が畑から出ていくのを待つか)


 アルフレッドは動かずにじっとしたまま、蟻達の動向を窺う。

 彼は畑の真ん中付近に潜んでおり、蟻達は畑の端っこの方を歩いている。


 アルフレッドと蟻達の距離は数十メートルくらいしかないのだが、麦の穂が障害物になってお互いの姿は見えない。

 アルフレッドは主に〖気配察知〗で蟻達の位置を把握しているが、蟻達は〖気配察知〗を持っていないため、彼の存在にはまだ気付いていない。


 (どうかこのまま俺に気付かずにここから去ってくれ)


 ……数分後


 「キシャ―!」

 「うわ、見つかった!?」

 (うん? 俺の他にもこの畑に誰か隠れていたのか?)


 不意に蟻と少年の声が聞こえてきた。


 「来るな来るなー!」

 (うーん、出来たら助けてやりたいんだが、この足じゃ素早く動けないしなあ……すまん、もう少し近くにいたら加勢してやれるんだが……)

 「誰か助けてくれー!」


 アルフレッドが心の中で言い訳していると、少年が悲鳴をあげながら走ってくる。

 ちなみにどこに向かって走っているのかというと———


 「こっち来たぁー!? いや、確かに助けてあげたいけど、今この状況で来られても!?」


 ———アルフレッドのいるところだ。


 アルフレッドの心の声が聞こえたわけでもないのだろうが、少年はアルフレッドのいる方向に逃げてきたのだ。


 「えっ、誰!?」


 そしてその少年はアルフレッドのすぐ近くまでやってきて、彼の存在に気付いて驚く。


 魔物の大群に村を襲撃されているという非常事態の真っただ中で、見知らぬ人間が村にやってきて隠れているなんて、普通は誰も思わないから当然だ。


 「ええい、こうなったらしょうがない! やってやるさ!」


 アルフレッドは隠れるのを止めて立ち上がる。

 こちらに逃げ込んできた、10歳前後の猫の獣人少年を背にかばうように立ち、追ってきた蟻達を迎え撃つ。


 畑に入った3体の蟻は全てキルアントであり、すぐ近くまで迫っているのが1体、残り2体はまだ少し距離が開いている。


 (とにかく、1体ずつ仕留めよう。どう逃げるかも考えないといけないわけだが、悩んでいてもしょうがない。)


 直近のキルアントがアルフレッド目掛けて飛びかかる。


 (右足は踏ん張りがきかないから左足を軸に……)


 アルフレッドはキルアントの攻撃にタイミングを合わせて剣を振るい、一撃で首を斬り飛ばした。

 後に続く2体のキルアントは先頭がやられたのを見て一旦止まり、ゆっくりと近づいてくる。


 「なあ、俺は冒険者のアルフレッドっていうんだが、この村のルールーって子に頼まれて来た。あんたの名前は?」


 アルフレッドは迫ってくるキルアントを睨んだまま背中の少年に話しかける。


 「あ、えっと、ネイジア。ネイジア・レオル……です。」

 「うん。じゃあネイジア、この場を凌ぐためにいったん協力しよう。アンタの<ジョブ>と職業レベルを教えてくれ! ちなみに俺の<ジョブ>は【斥候】で職業レベルは〖Lv28〗だ」


 アルフレッドにとってこの場の勝利条件は「救援が来るまで耐え凌ぐこと」である。

 もう少しすればリリヴィアがこの村に到着するはず。

 彼女さえ来たなら、いま近づいてきているキルアントはもちろん、いつの間にか畑のすぐそばに来てこっちを睨んでいるオーガアントとて恐るるに足らず。


 (リリが来るまで持ち堪えれば俺の勝ちだ!)


 そのためには使える手はなんでも使わなければならない。


 「お、俺の<ジョブ>は【軽戦士】で、職業レベルは……〖Lv6〗……」

 (よし、きっちり戦闘職だ! レベルは低いが、武器さえあればEランクのキルアントくらいなら、1体くらいは受け持てるか……)


 ネイジア少年は自信無さげに応えるが、それを聞いたアルフレッドはわずかな希望を見出す。

 <ジョブ>は生まれつき備わっている個人の才能なのだが、戦いに適した戦闘職とそうでない職業の差は割と大きい。

 もしもネイジアが例えば【農民】みたいな、戦いに向かない職業だったならとても戦わせることなどできなかったわけだが、そうではなかったことに彼は安堵した。


 〖Lv6〗というレベルについても、単独ではキルアントに勝てるか怪しいが、アルフレッドが補佐するか、あるいは弱らせた個体であれば、武器があれば倒せるレベルだ。

 つまり、全くの戦力外ではないのである。


 「ネイジア、このナイフやるよ。無理しない範囲で、倒せそうなやつがいたら倒してくれ!」

 「わ、分かった!」


 アルフレッドは【鋼のナイフ】をネイジアに渡し、ネイジアは戸惑いを見せながらも覚悟を決めて受け取る。

 そうこうしているうちに距離を詰めてきていたキルアント2体が襲ってくる。


 「「ギヂィー!」」

 「〖強撃〗!」

 「うおー!!!」


 同時に飛びかかってきた2体のキルアントに対して、アルフレッドはまとめて力任せに剣を叩きつける。

 1体はアルフレッドの攻撃によって即死し、もう1体は死にはしなかったものの、甲殻にヒビが入り、ピクピクと痙攣する。

 そして瀕死になったキルアントにネイジア少年が飛び掛かって止めを刺す。


 「よし。よくやったぞ、ネイジア」

 「はい」


 上手いタイミングで止めを刺したネイジアを、アルフレッドが褒め———


 「クチャ……」


 ———その様子を見ていたオーガアントが動き出すのだった。




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 物語世界の小ネタ:


 この世界の住民の強さについて、カノーラ村のような辺境地域では一般人でもそこそこ鍛えられています。

 割と身近に魔物がいるため、ある程度強くないと生活できないからです。

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