第11話 【毒竜白花の採取】ヒュドラ
アルフレッドは4体のデスアリゲーターに追われながら全力で走っていた。
彼が走る先にはポイズンゴブリンやカエルの魔物であるポイズントード(Fランク)などの毒を持つ魔物がいたが、魔物達はアルフレッドの後ろから来るデスアリゲーター達に気付くと慌てて逃げ去ったため、障害にはならない。
彼はとにかく全力疾走していた。
「くそぉーっ! 全然撒けねぇー!!」
アルフレッドは100mを9秒台で走るスピードの持ち主なのだが、デスアリゲーター達も同じくらい早かった。
そのまま数百mほど走り、奥にあった丘が近づいてくると、丘の入り口に5つの頭を持つ体長5mの亜竜、ヒュドラが現れた。
(ヒュドラ! やばいけど……でも上手く立ち回ればいけるか!?)
アルフレッドはそのままヒュドラを目指して走る。
本来ならば、Cランクの中でも上位で、なおかつ猛毒を持つヒュドラは恐ろしい相手であるため、アルフレッドも走って近づいたりしない。
しかし彼は今かなり追い詰められていた。
追ってくるデスアリゲーター達をどうにかするため、普段なら絶対近づかないヒュドラに突撃を敢行する。
ヒュドラの方も走ってくるアルフレッドと、その後ろの4体のデスアリゲーターに気付き身構える。
アルフレッドはヒュドラの間合いに入る瞬間に前に手をかざす。
「風魔法〖ウィンド〗!」
〖ウィンド〗は突風を作り出す風魔法スキルであり、それ自体の殺傷力はないが、不意を突けば一瞬怯ませるくらいはできる。
突然風を受けて怯んだヒュドラの下を滑り込むように走り抜け、素早く丘に生えている木々の陰に身を隠す。
アルフレッドが木々の間から覗き込むとヒュドラと4体のデスアリゲーターが戦っていた。
(助かった……あとはヒュドラとワニ達で潰しあってくれたらうれしいんだが……)
モンスタートレインに成功したアルフレッドは【ポーション】、【マナポーション】で<HP>、<MP>を回復しながら、しばらく様子をうかがうことにした。
「〖鑑定〗」
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<名前> :
<種族> :ヒュドラ
<ジョブ>:毒亜竜Lv27/55
<状態> :鑑定に失敗しました。
<HP> :191/290
<MP> :226/250
<攻撃力>:鑑定に失敗しました。
・
・
・
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(よし、ところどころ鑑定失敗しているけど大まかな強さは分かった)
ヒュドラはアルフレッドの風魔法に怯んだところをデスアリゲーター達に噛みつかれたらしく、体のあちこちに食らいつかれていた。
だが、それでヒュドラが負けるかというと、そう簡単にはいかない。
(ヒュドラは〖自己再生〗スキルで回復しながら戦っている……このままいけば持久力の差でヒュドラが勝つな)
ヒュドラは<MP>を消費して怪我や欠損を治すスキル〖自己再生〗で怪我を治しながら戦っている。
対する4体のデスアリゲーターは数の有利こそあるものの、回復スキルは持っておらず、ヒュドラの攻撃によって1体ずつ倒されていった。
しばらくすると4体中3体のデスアリゲーターが倒され、最後の1体が逃げ出したことで決着がついた。
アルフレッドは再びヒュドラを鑑定する。
「〖鑑定〗」
---------------------------------------------------------------------------------
・
・
・
<HP> :225/290
<MP> :152/250
・
・
・
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(疲弊してはいるが……まだ俺の手に負える相手じゃねえな……だが、不意打ちで頭を1つ切り落として素早く逃げれば……)
アルフレッドは〖隠密〗スキルを発動してヒュドラの背後から忍び寄り、
「〖鉄斬り〗!」
「ガァアーー!?」
ヒュドラの首の1つを剣術スキルで攻撃した。
だが……
「くっ! 切り落とせないっ!」
アルフレッドの剣はヒュドラの首の1つを半分ほど切ったところで止まってしまった。
「オオォー!」
ヒュドラの別の頭がアルフレッドに襲い掛かり、アルフレッドは急いで剣を引き抜き後ろに跳んで躱す。
ヒュドラはアルフレッドの方を向き直し、彼を睨みつける。
〖自己再生〗スキルを使用しているらしく、首の傷はみるみるうちに塞がっていく。
「「「アァァーー!!」」」
「くっ……」
ヒュドラの5つの頭のうち3つがそれぞれ毒、火炎、酸のブレスを同時に吐き出してきたため、アルフレッドは〖跳躍〗スキルで近くの木の枝に飛び乗って躱す。
そこへヒュドラの頭の1つが噛みついてきたため、今度は木から飛び降りて躱す。
アルフレッドが地面に着地した瞬間に、ヒュドラの放つ毒のブレス〖猛毒の息〗を吹きかけられてしまう。
(くそ! 落ち着け……俺の〖毒耐性〗は〖Lv5〗だから少しくらいは耐えられるはず……)
アルフレッドは〖猛毒の息〗によって吐きだされた紫色の霧の中を、〖隠密〗スキルを駆使して移動し、少し離れたところにある木の陰に隠れた。
(急いで【毒消し】を飲まないと……しかし食らったのが耐性のある毒だったのは不幸中の幸いだったな。火炎や酸だったらそのまま死んでたところだ。)
ヒュドラの〖猛毒の息〗はかなり強力で、常人なら即死するほどの猛毒である。
しかしアルフレッドは以前から度々、リリヴィアの調合した薬の実験台にされており、〖毒耐性〗スキルが鍛えられていた。
〖Lv5〗は芽が出たジャガイモ程度なら、まるごと食べても問題ないくらいのレベルである。
ちなみに〖麻痺耐性〗も同じく鍛えられており、こちらも〖Lv3〗と軽い麻痺毒程度なら無視できるくらいのレベルだったりする。
木陰に潜んだアルフレッドは素早く【毒消し】を飲み、冒険者証の<ステータス>表示で自身の<状態>を確認する。
(しまった! 目を離した隙に接近された!!)
<ステータス>の<状態>確認のために目を離した隙に接近していたヒュドラが前足でアルフレッドを殴りつける。
「うぐっ!」
アルフレッドは咄嗟に左腕の小盾で受け、攻撃の反対方向へ跳んで可能な限り受け流そうとするが、衝撃を殺し切れず、数mほどふっ飛ばされる。
「ガァッ!」
「うおっ!?」
ふっ飛んだアルフレッドにヒュドラが駆け寄り、さらに前足で踏みつけようとするが、アルフレッドは転がって躱し、ヒュドラの後ろ脚の近くで素早く立ち上がった。
「今だっ! 〖鎧通し〗! 火魔法〖ファイアボール〗!」
ヒュドラの後ろ脚に剣術スキル〖鎧通し〗で剣を突き刺し、突き刺した剣を引き抜きながら、傷口に手を当てて火魔法スキルで追撃する。
「ガァーッ!」
直後にヒュドラの頭の1つがアルフレッドに噛みつこうとしたため、背後に飛び退いて躱し、その後にらみ合う。
「〖鑑定〗」
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・
・
・
<HP> :240/290
<MP> : 90/250
・
・
・
---------------------------------------------------------------------------------
「さっきから<HP>が全然減ってないんだけど!? むしろ回復してるってどういうこと!?」
アルフレッドはここまでの攻防で、多少は弱らせたのでは、と期待して鑑定してみたのだが、現実は非情であった。
(くそ……与えたダメージが〖自己再生〗スキルの回復力に押し負けてるのか……うん?)
アルフレッドがヒュドラとにらみ合ったまま、〖鑑定〗スキル発動を持続していると、ヒュドラの<HP>が〖240/290〗から〖241/290〗に回復した。
〖自己再生〗スキルを発動した気配はなく、いまのところ後ろ脚の傷もそのままである。
「えっ? ひょっとして、〖自己再生〗の他に〖HP自動回復〗も持ってるの!?」
〖HP自動回復〗は<HP>が時間経過で少しずつ回復していく<特性スキル>である。
回復速度は緩やかながら、ノーコストで常時回復していくため、長期戦では地味に厄介なスキルだ。
ヒュドラは〖自己再生〗と〖HP自動回復〗の二つのスキルによって、<ステータス>の数値以上の耐久力を誇っているのである。
アルフレッドの方はというと、〖自己再生〗スキルも〖HP自動回復〗スキルも持っておらず、加えて回復魔法も使えない。
回復薬があるにはあるのだが、ヒュドラの攻撃を凌ぎつつ袋から取り出して飲む、というのは簡単ではない。
そのため戦いが長引けば長引くほどアルフレッドが不利になっていく。
「つ、つまり……次で何とか頭をとって、それが成功しても失敗しても逃げるしかないわけか……」
絶望的な状況の中、アルフレッドは何とか活路を見出そうとするが、ヒュドラがそれを待つわけはなく、ついに動き始めた。
ヒュドラは〖自己再生〗スキルを発動し、後ろ脚の傷を治し、<HP>も完全回復させる。
回復が終わると同時にアルフレッドとの距離を詰め、5つの頭で一斉に噛みつこうとしてくる。
(来た! 〖HP自動回復〗がある以上、細かいダメージを与えても意味がない……まず、<MP>を枯渇させる!)
アルフレッドはヒュドラの一斉連続噛みつき攻撃を紙一重で躱しつつ、袋から【ポーション】を取り出す。
まずは隙を見て【ポーション】を飲み、先ほど殴られた際のダメージを回復しようとしたのだが……
(くうっ……攻撃が激しすぎて隙が無い……無理に動かしているせいで体中が痛い……息が続かない……だ、だめだ弱気になるな俺……)
絶え間のない攻撃にアルフレッドの集中力が切れかけた瞬間、彼の足元にヒュドラの尻尾による足払いが放たれた。
「くっ、〖跳躍〗」
かろうじて真上に跳んで躱したものの、ヒュドラは5つ全ての頭が、空中に跳び上がった彼をロックオンしていた。
(やばい……空中じゃ躱せない……死ぬ!)
必死に打開策を考えるも、空中では身動きが取れず、絶体絶命を悟ったアルフレッドだったが、その瞬間時間が止まった。
……正確には時間が止まったように彼は感じた。
周りの景色も目の前のヒュドラも、まるで止まっているようにゆっくりと動いており、ヒュドラの頭一つ一つの表情さえ分かる。
一部の人間は死に直面すると周りがスローモーションのように見えると言われているが、今のアルフレッドもまさにその状態であった。
ヒュドラは先ほどまで接近戦を行っていたにもかかわらず、今は10mほど離れ、息を吸い込んでいる。
(……俺が落下し始めた瞬間を狙って、ブレスの範囲攻撃で決める気か……確実だよ!! ちくしょうっ!!!)
もはやどう見ても助からない状況だが、彼はこの土壇場で一つの賭けを思いついた。
跳び上がっていた彼がついに落下を始めた瞬間……
「風魔法〖ウィンド〗!!!」
「「「アァァーー!!!」」」
アルフレッドは全力を振り絞るように下から斜め上に吹き上げるように突風を発生させ、風に乗って移動する。
直後にヒュドラの5つの頭を伸ばし、火炎ブレス〖灼熱の息〗を一斉に放つが、アルフレッドが風に乗ったことで外れる。
空中を移動したアルフレッドはヒュドラの頭上に落下し、落下しながら攻撃する。
「〖鉄斬り〗!!」
「ギャッ!?」
アルフレッドは落下速度と全体重を乗せた一撃によってヒュドラの頭の一つを見事に切り落とした。
着地した彼の足元にはヒュドラの頭が一つと、ボロボロの剣先が落ちていた。
手に持っている剣をみると刃の付け根から砕けるように折れている。
彼の剣はついに限界が来たらしい。
(やったぜ……)
ヒュドラの頭1つを切り落とした感傷に浸る彼を…………ヒュドラの、残る4つの頭が睨みつけていた。
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物語世界の小ネタ:
耐性スキルのレベルについて
Lv1~2 : 無いよりマシ。気休めレベル。
Lv3~6 : 耐性有。実戦である程度頼ってよいレベル。
Lv7~9 : 耐性がかなり高い。実戦でも状態異常をほとんど心配しなくてよいレベル。
Lv10 : ほとんど無効。
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