第10話 【毒竜白花の採取】毒沼地帯にて

——アッララト山北側の毒沼地帯にて———————————————


 出発から約8時間後、アルフレッドはようやく【毒竜白花】の群生地のある毒沼地帯の入り口にたどり着いた。


 彼の目の前にはいくつもの沼が密集しており、沼と沼の間に辛うじて人が渡れそうな獣道が存在している。

 獣道にはところどころに木が生えており、奥には木々が生い茂る小さな丘が見えている。


 この沼地にはヒュドラをはじめ毒を持つ魔物が多く生息しており、その魔物達の体や排泄物から滲み出る毒素によって沼地全体が汚染され、常に毒性を帯びている。

 そのためこの地は毒に適応できる生物しか生きることの出来ない過酷な環境となっていた。


 「やっとここまで来れたか。ここからじゃ見えないけど、地図だとあの丘の奥に【毒竜白花】の群生地があるはず……」


 その光景を見ながらアルフレッドは疲れた様子で呟いた。


 崖下りの後からここまでの間も、彼には様々な試練が降りかかったのだった。

 素材を探していると地属性の亜竜の一種であるテラドレイク(Cランク)に追い掛け回され、ようやく撒いたと思ったら、気付けば100匹ほどのゴブリン(Fランク)の群れ(上位種含む)に囲まれており、やっとのことで包囲を切り抜けたら目の前にアースドラゴンがいた。


 アースドラゴンの目の前に飛び出した形となったアルフレッドがブレスを搔い潜って洞窟に逃げ込んだら、そこにはストーンナーガ(Cランク)という全長4mの蛇の魔物がいた。


 ストーンナーガは頑張って倒した。

 なぜ逃げなかったかというと、その時は洞窟の外にアースドラゴンがいて、逃げられなかったためである。

 加えてストーンナーガの素材もリストに書かれていたので、戦わざるを得なかった。


 狭い洞窟内で〖酸の息〗をまき散らし、岩肌のような皮膚は固く、多少の傷を受けても〖自己再生〗で治してしまう厄介極まりない強敵だったのだが、喉元が他の部位よりも柔らかいという弱点を突いて辛うじて打ち倒すことに成功した。


 「もう日没には間に合わねえよな……せめて〖鑑定〗レベルがもっと高ければ……」


 アルフレッドはモンスターの襲来だけでなく、素材を判別するための鑑定にも苦労していた。


 彼に渡されたリストの素材の中にはいくつか初見のものがあり、それを見分けるために〖鑑定〗スキルを使用したのだが……


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鑑定に失敗しました。


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<名称>:草

<説明>:なにかの草。


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<名称>:木の実

<説明>:なにかの木の実。


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 このような感じで鑑定に失敗したり、役に立たない内容しか出てこなかったりしたためである。


 〖鑑定〗スキルはレベルが低いと失敗したり、成功しても見たままの内容しか分からなかったりと上手くいかないことも多いのだ。

 しかも鑑定の成否にかかわらず、1回につき<MP>を1ずつ消費するため、〖Lv3〗とレベルが低く、<MP>も少ないアルフレッドにとっては使い勝手の悪いスキルなのである。


 【マナポーション】を飲んでMPを回復しながら、何度も鑑定を繰り返すことで、〖鑑定〗スキルのレベルを〖Lv4〗に上げ、成功率もやや改善されたのだが、結果かなりの時間を費やしてしまった。


 「まあ、気を取り直して……ここで採るのは【毒竜白花】以外に、【ポイズンスライムの体液】、【デスアリゲーターの皮】、【ヒュドラの毒腺】、【ヒュドラの牙】……ヒュドラと戦わないとダメなのかよ……」


 ここに来るまでの道程で、相当な気力と体力を消耗しているアルフレッドにとって、ヒュドラとの戦いはかなりの無理難題である。


 ヒュドラはいくつもの頭を持つ亜竜で、強力な毒のブレスを吐くほか、再生力も桁違いで1つの頭を切り落としても瞬時に再生する、Cランクの中でも上位とされる強敵だ。


 「とにかく、まだできないと決まったわけじゃない。きっとリリやキールさんはもう素材を全て集め終わって【毒竜白花】まで手に入れているだろうし、俺もせめてそのくらいはやらないと……」


 アルフレッドは自分にそう言い聞かせながら準備を始めた。


 <HP>、<MP>は手持ちの【ポーション】、【マナポーション】で満タンにする。


 鎧下に着こんでいる衣服は既にボロボロ、手袋や靴下は破れて穴が開いているので、持ってきた予備のものに着替える。

 さらに靴も長靴に履き替え、布で口と鼻を覆って頭の後ろで結び、肌がなるべく露出しないようにして毒沼対策とする。


 剣やナイフには一部刃毀れがあり、鎧も小盾も傷だらけなのだが……替えがないのでそのまま使う。


 気力は…………何とか絞り出す。


 「……よし。準備は万端! これで行けるはず!」


 実際は準備万端とは言い難いのだが、あえて言って自分を勇気づけ、最後に念のため【毒消し】を飲んで、アルフレッドは毒沼地帯に入っていく。


 沼と沼の間にある獣道を進みながら、〖気配察知〗、〖危険察知〗、〖魔力探知〗といった感知系のスキルを発動すると、目に見える範囲に魔物はいないが、沼の中に魔物が潜んでいることが分かる。


 (俺が狙うのはポイズンスライム、デスアリゲーター、ヒュドラの3種。1体ずつ慎重に狙おう)


 ほどなくしてアルフレッドは道のそばで虫を捕食している、40cmほどの大きさの緑色のポイズンスライム(Eランク)を見つけ、素早く駆け寄り、スライムの弱点である核に剣を突き刺した。


 「まずは【ポイズンスライムの体液】採取!」


 ポイズンスライムは形が崩れ、流れ出た体液を空のポーション容器で掬い取る。


 (左側の沼の中から狙っている奴がいるな……この感じはゴブリンか)


 沼の中は本来感知しづらいのだが、アルフレッドはこれまでの修行で、エリックにより感知系のスキルを徹底的に鍛えられたため、問題なく敵の存在を探ることが出来ていた。


 ちなみにどんな修行を課されていたかというと、ある時は【盲目の秘薬】なる薬を瞼に塗られ、全く目が見えない状態で7日間ほど生活させられたり……


 またある時は真っ暗な地下室に5日間ほど閉じ込められて、その間気配を消したエリックが夜も昼も関係なく襲撃してきたり……


 時には視覚だけでなく聴覚や嗅覚も封じられた状態で、3日間ほど森の中でサバイバル生活させられたり、とそんな修行である。


 その結果、彼は感知系の技能スキルに限れば一流といって良いスキルレベルを持っていた。


 彼が敵の存在を感知した数秒後、沼から4匹の紫色のゴブリン達が出てきて、弓矢で攻撃してきたため、矢を躱しながらゴブリンを観察する。


 (毒に適応したゴブリンの亜種か。沼に潜っている間は口にくわえた竹筒で呼吸していたんだな。腰に短剣も持っているが、下手に近づかずに距離をとったまま攻撃してくるのはやりづらいな)


 ゴブリンには様々な亜種が存在する。

 出てきたのは毒に適応し、毒剣や毒矢を使うポイズンゴブリン(Eランク)であった。


 アルフレッドは飛んでくる矢を躱したり、左腕に着けた小盾で弾いたりしながら道を進む。

 魔法を使うなり、ナイフを投げるなりすれば反撃できないこともないのだが、この後ヒュドラと戦うことも考えると余計な消耗はしたくない。


 (もう少し先に誘導すれば…………やった!)


 アルフレッドを追いながらしつこく矢を放っていたゴブリン達だったが、突然沼から体長3mほどのワニが口を開けて1体のゴブリンに襲い掛かり、一瞬で喰い殺す。

 残り3体のゴブリン達は蜘蛛の子を散らすように逃げたため、彼は<MP>や武器を温存して撃退することに成功する。

 ゴブリンを襲ったのはデスアリゲーター(Dランク)だった。


 (よし、ここで【デスアリゲーターの皮】を手に入れる)


 アルフレッドは足元に落ちている小石を〖投擲〗スキルを使ってデスアリゲーターに投げつけ、こちらに襲い掛かってくるように挑発。


 デスアリゲーターは口を開けてアルフレッドに襲い掛かり、アルフレッドは横に跳びながらデスアリゲーターの鼻の辺りを左腕の小盾で殴るように弾いて躱す。

 再び襲い掛かってくるデスアリゲーターの上を〖跳躍〗スキルで跳び越えて背後に回り、デスアリゲーターが方向転換するより早く背中に飛び乗った。


 「〖強撃〗!」


 アルフレッドは背からデスアリゲーターの頭目掛けて渾身の一撃を叩きつける。

デスアリゲーターは頭から血を流すが、思った以上に鱗が固く、倒し切ることはできなかった。


 「……ちっ。仕留め損ねた」


 デスアリゲーターは横に転がってアルフレッドを振り払い、再び沼の中に入る。

 沼から再びアルフレッドに襲い掛かるが、


 「〖一閃〗!」


 アルフレッドはすれ違い様に一撃を加えて躱す。


 「思った以上にしぶとい。けど再生能力は無いみたいだから、慎重にいけば……げっ!?」


 沼から新手のデスアリゲーターが2体現れた。

 デスアリゲーターは群れで暮らす魔物なのである。

 苦戦する仲間を助けに来たらしい。


 元からいた個体と合わせて3体のデスアリゲーターがアルフレッドに迫る。


 「えーっと……3体はさすがに無理!」


 アルフレッドは逃げ出した。

 ……しかしまわりこまれてしまった。


 アルフレッドは、3体のデスアリゲーターとは反対方向に走り出したのだが、さらに別のデスアリゲーター2体が沼から出てきてアルフレッドの前に立ち塞がった。

 デスアリゲーターは集団での狩りもこなすのである。


 「ちょっと待てぇー!!!」


 アルフレッドは悲鳴を上げるが、もちろん待ってはもらえない。


 前後から5体のデスアリゲーターが襲い掛かってくるのを、その隙間を縫うようにしてギリギリ躱す。

 振り向くとデスアリゲーター達は折り重なるような形で密集していた。


 「は、反撃のチャンス! ……〖跳躍〗からの〖鎧通し〗!!」


 狙うは手負いの1体である。


 アルフレッドは跳び上がり、貫通力の高い突きを放つ剣術スキル〖鎧通し〗を、全体重を乗せて放った。

 彼の剣は狙い通り手負いのデスアリゲーターの頭に突き刺さり、1体を倒すことに成功する。

 そしてすかさず、討ち取った1体を【魔法の袋】に入れて、他4体の攻撃を掻い潜りながら、毒沼地帯の奥へと走り出した。


 彼の後ろからは仲間を殺されて怒ったデスアリゲーター4体が、左右の沼を泳いで猛スピードで追いかけてくる。


 デスアリゲーターは驚くほど速いスピードで沼の中を泳げるのである。

 おまけに執念深かった。


 「ちくしょうっ! やつら、早い! しかも地面がぬかるんでいて、走りづらい!! やばい!!!」


 アルフレッドは毒沼地帯の危険さを、その身に感じながらとにかく走るのだった。




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 物語世界の小ネタ:


 【魔法の袋】には生きている生物は入りませんが、死んだ生物の死体は入ります。

 また植物はそのまま入りますが、植物系の魔物は倒して死体にしないと入りません。


 どういう原理でそんな仕様になっているのかは謎です。



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