第9話 【毒竜白花の採取】樹海にて(sideリリヴィア)

——アッララト山東側の樹海にて—————————————————


 「……正直舐めてたわね」


 村を出てから約6時間後、リリヴィアは辺りを見回しながら珍しく弱音を吐いていた。


 リリヴィアがエリックから指定されたルートは村からまず南に行き、次に大きく東に迂回して最後に北のアッララト山へ向かうというものだった。


 彼女に渡されたリストに記載された素材は約50種類。

 その全てが植物であり、また南や東の地域でしか手に入らないものも多く記載されているため、必然的にアルフレッドやキールとは比べ物にならないほど広範囲を探索して回ることになる。


 仮に並の冒険者に同じことをさせようとすれば、全ての素材を手に入れるまでに1週間はかかる内容であった。

 しかしそのような無茶な条件でも、リリヴィアは探索当初は余裕と考えており、実際最初のうちは破竹の勢いでリストの素材を集めていた。


 なぜなら、リリヴィアは圧倒的な<ステータス>を持っているためである。

 彼女は素の状態でも早馬の何倍も速く移動できる<素早さ>があるうえに、〖韋駄天〗や〖瞬神〗スキルによってさらにスピードを上げることが出来る。

 崖や川といった地形に関しても、〖空間機動〗スキルによって空中を蹴って移動できるため障害にならず、リストに書かれている素材を探すにも〖鑑定〗、〖気配察知〗、〖思考加速〗スキルで必要最小限の時間で発見できていた。

 各地にいる魔物は、ドラゴンすら瞬殺できる彼女からすれば問題にならず、持久力に関しても、〖HP自動回復〗や〖自己再生〗スキルがある。

 また各種スキルを発動させるための<MP>も、元々の数値が高いことに加えて〖MP自動回復〗スキルがあるため、枯渇する心配はない。


 そんなわけで数時間にわたり高速で走り回り、なおかつ大量のスキルを使用し続けても彼女は息が上がることなく常識では考えられない速度で素材を集めながら、アッララト山の麓に入った。


 しかしここからが問題だった。

 リリヴィアは入山したあたりは広大な樹海が広がっており、勢いのままに猛スピードで突撃した彼女はすぐに方角が分からなくなったのである。


 「……樹海では方位磁針が狂うって、迷信じゃなかったっけ? ……せっかく持ってきた方位磁針が全然役に立たないんだけど……」


 彼女は迷子になっていた。

 地図を見ても辺りを見回しても現在地が分からず、持っている方位磁針も針がくるくると回るだけで全く役に立たなかった。


 彼女が転生前にいた地球でも「樹海で方位磁針が使えない」といった俗説はあったのだが、実際には多少の差異が出るだけで、方角が分からなくなるほどではない。

 それを知っている彼女は、過去に「アッララト山の樹海では方位磁針が使えない」という話を聞いても、ただの迷信だと聞き流してしまい、信じていなかった。


 だがアッララト山の樹海地帯は地面に特殊な魔力が含まれており、また木々に宿る精霊もいて、木々の成長を促す目的で魔力を放出している。

 地球にはないそれらの要因によって方位磁針が狂わされているのである。


 「落ち着け……落ち着け私。時間はまだ十分ある。幸いお父さんから指定されたのは行きのルートだけで、帰りのルートは指定されていないから、【毒竜白花】の群生地からは直接村に帰ればいい……この前覚えた〖長距離転移〗を使えば、一瞬で村に戻れるから……太陽の位置から考えて、今は午後1時~2時ってところだから、あと4時間以内にここでの素材を手に入れて群生地にたどり着ければいいのよ……」


 実はこのころ、キールは高山病でふらふらになりながらも、【毒竜白花】の群生地に到着し、そこで死にそうな思いをしながら、リリヴィアの到着を待っていたのだが、彼女がそれを知る由もない。

 急ぐ必要はないと自分に言い聞かせてリストと地図に目を向ける。


 「えーっと、ここで手に入れるのは、【フリフリ草】、【虹色苺】、【ヒポックの実】、【シュンギク】、【コマツナ】、【マツタケ】の6種類……後半は普通の食べ物なんだけど、晩ご飯のおかずにでもする気なのかしら……」


 「わざわざ樹海に入って採るようなものじゃないよね」と突っ込みたくもなるが、そもそもこれらは修行のためにリストに加えられているのだから、そんなこともあるのだと思うことにする。

 きっと自分が食べたいから、なんて理由ではないはず……


 「まずは素材探しね。方角とかは、とりあえず後回しで。 ……【シュンギク】とか【マツタケ】って、今の時期に採れるんだっけ? 今は春なんだけど……」


 リリヴィアは〖鑑定〗スキルで周囲の草木を鑑定しながら、薄暗い樹海の中を歩き出した。

 もちろん魔物の襲撃に備えて〖気配察知〗、〖危険察知〗、〖魔力探知〗も常時発動中である。


 ちなみに、この樹海では植物に宿る精霊の影響で、様々な植物が1年中採れるようになっているため、季節については心配する必要がなかった。


 しばらくすると彼女は一際大きな巨木を見つけて立ち止まった。


 (大きいわね。鑑定結果は【アッララト杉】で精霊が宿ってる)


 リストの素材には含まれておらず、採取対象ではないのだが、高さ50mはある巨大な木を見て興味を持ったのである。

 樹海の木はどれも大きく、高さ10m以上の大木がざらにあるのだが、目の前の木は高さも太さも他の木の数倍ある。

 彼女が巨木をまじまじと見つめていると、不意に頭の中に誰かの声が響いた。


 『人間さん。何か用?』


 木から可愛らしい少女が出現した。

 見た目の年齢は10歳くらい、木の葉のような緑色の髪と樹皮のような肌をしている。

 樹木の精霊がリリヴィアに興味を持って話しかけてきたらしい。


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<名前> :

<種族> :ドライアド

<ジョブ>:樹精霊Lv18/55

<状態> :通常

<HP> :100/100

<MP> :290/320

 ・

 ・

 ・


---------------------------------------------------------------------------------



 「ドライアドね。初めて見たわ。 ……ああ、ちょっと迷ってたらこの大きな木を見つけて、それでちょっと見てたの」

 『ふーん。じゃあお話ししましょう』


 ドライアドは古木に宿る中位精霊であり、一般的には臆病で滅多に人前に姿を現さないとか、男性を誘惑して虜にするなどと言われているのだが、必ずしもそうではないらしい。

 このドライアドは人間が珍しいのか、人懐っこい笑みを浮かべている。

 

 「いいわよ。私の名前はリリヴィア・ファーレンハイト。リリと呼んでね。あなたのことは何て呼べばいいの?」

 『ドライアドでいい。リリは何しに来たの?』

 「私はこのリストに書いてある植物を採りに来たの。今探してるところなんだけど、どこにあるか知らない?」

 『知ってる』

 「じゃあ、教えてくれない?」

 『いいけど……魔力を吸わせてくれたら教えてあげる』

 「…………いいわよ。でも、吸いすぎるのはやめてね」

 

 魔力を吸わせてと言われて、リリヴィアは少し考えこんだが、了承することにした。


 〖気配察知〗や〖魔力探知〗スキルでドライアドの強さを推測したところ、Cランク程度であり、また〖危険察知〗スキルにも反応がないことから、敵意はないと見た。


 そしてリリヴィア自身のMPは現状かなり余裕があり、吸われすぎて殺されることはなく、魔力と引き換えに素材の場所が分かるなら安いと判断したのである。


 『じゃあ、もらうね』


 ドライアドがリリヴィアに抱き着き魔力を吸い上げ始めた。


 『リリはどこに住んでいるの?』

 「リンドという村よ。ここから南にずっと行ったところにあるわ」

 『どんなところ?』

 「普通の田舎村よ。もともとはここみたいな場所にある、薬草とか魔獣の素材を欲しがった冒険者達が移り住んで作った村だって聞いたわ」

 『じゃあ、ここにたまに来る人間はその村の冒険者?』

 「村の冒険者かどうかは分からないわね。村の冒険者も来るのかもしれないけど、ここは村からかなり離れてるから来るのが大変だし。山の北側や東側にも似たような村があったと思うし」

 『ふーん』

 「ところで、ここにも人間が来るのね。どんな感じの人なの?」

 『ちょっと怖い。武器持って周りを睨みつけてる』

 「ああ。きっと魔獣とかを警戒しているのね」

 『よく猪や狼を襲って食べてる。話しかけると吠えて殴りかかってくる』

 「……え?」

 『あと体の色は緑色で、大きさはリリの2倍くらい』

 「……それは人間ではないわね。トロールか何かかしら」

 『違うの?』

 「まず、緑色の体の人間はいないわ。それに大きい人でも2mくらいだから、私の2倍はないし、吠えたりもしないし」

 『そうなんだ。いたよ、あれ』


 ドライアドが指し示す方向をみると、10m程離れたところから、緑色で全長3~4m程の人型の生物が近づいていた。

 手には丸太を持っており、動物の毛皮を剥いで作ったと思われる服を着ている。


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<名前> :

<種族> :クエルトロル

<ジョブ>:妖鬼Lv45/65

<状態> :通常

<HP> :600/600

<MP> :110/110

 ・

 ・

 ・


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 鑑定すると、クエルトロルというBランクモンスターでトロールの上位種だった。

 クエルトロルは間合いに入ると、すかさず手に持った丸太でリリヴィアに攻撃してきた。

 上から振り下ろされる丸太をリリヴィアは横に跳んで避ける。

 ドライアドはその間もリリヴィアに抱き着いて魔力を吸い上げている。


 「……ドライアド。戦いづらいから、いったん離れてくれない?」

 『分かった』


 ドライアドが離れるとリリヴィアは大剣を構え、クエルトロルの追撃を躱して斬りかかった。


 「〖神速の一閃〗」


 クエルトロルはかなり頑丈で普通の冒険者程度の攻撃では傷一つつかないのだが、リリヴィアの圧倒的な攻撃力には耐えられず、一撃で首を切断されて倒れ込んだ。


 『すごい』


 ドライアドはリリヴィアがここまで強いとは思っていなかったらしく、彼女を褒め称え、気を良くしたリリヴィアがあれこれ自慢話を始めて……

 1人と1体は1時間くらい話し込んだ。


 その後リリヴィアはドライアドから素材の場所や、【毒竜白花】の群生地までの行き方を教えてもらって探索を再開する。


 それからさらにしばらくして彼女は群生地に到着。

 高山病の諸症状で死にそうな顔のキールと再会し、彼に魔法スキルを使って治療するのだった。




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 物語世界の小ネタ:


 魔物にも<ジョブ>やLvは存在します。

 魔物の場合は<ジョブ>のLvが最大になるとより上位の種族に進化します。

 進化するとLv1に戻り、そこからまた上がっていきます。

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