第8話 【毒竜白花の採取】山頂付近にて(sideキール)

——アッララト山の山頂付近にて—————————————————


 アルフレッドが命懸けの崖下りをやりきったころ、彼の先輩であるキールも悪戦苦闘していた。


 「……何だか頭が痛くなってきた……」


 キールに指定されたルートはアッララト山の山頂を突っ切るようにして一直線に向かうものだった。

 現在彼は山頂付近にいた。


 標高約5000m付近なので、空気が薄く、気温も低く、辺りは万年雪に覆われた岩山となっている。

 しかもここまで急いで移動していたため、短時間で数千mの高低差を移動することになり、結果として高山病の症状が出始めていた。


 「えーっと……たしか頭痛薬があったような……あと【ポーション】も飲んでおくか……」


 彼は不測の事態に備えて、いくつかの常備薬や回復薬を持ってきており、座りこんでそれらを飲みながら小休止することにした。


 「これ、急いで山を下りないとダメなやつ……この辺の素材を早く採って早く下山しよう……」


 具合が悪くなっていくのを感じながら、彼はリストと地図に目を通した。


 「ここで狙うのは、Fランクの雪兎、Eランクのデッドリースコーピオン、Dランクのイエティ、Cランクのジャイアントエルク、四翼大鷲……」


 エリックから配られた地図にはリストの素材が採れる場所や、生息する魔物の種類など、冒険者にとっては値千金の情報が書き加えられている。

 普段のキールなら、さすがはエリックさん、と手放しで称賛し、あるいは金を払ってでもこの地図を買い取ろうとしたかもしれない。

 だが、今の彼は頭を抱えていた。


 「……雪兎は警戒心が強いうえに体毛が保護色になっているから、見つけるのが難しい。デッドリースコーピオンはたしか普段は地面の下に潜り込んでいるはず……イエティはそれ自体が希少種だし……ジャイアントエルクや四翼大鷲は普通に強いから……無理じゃないかな……」


 リストにあるのは発見が困難だったり、あるいは返り討ちにされる恐れのあるような強い魔物ばかりだった。

 体調が万全と言えない状態で、果たしてやれるかどうかは非常に怪しい。

 なんだったら、ここで自分が死んでしまう可能性の方が高いくらいである。


 (いっそのこと、諦めて引き返したら……うん。エリックさんに殺されるな。間違いない)


 キールもまた、これまでエリックによって鍛えられてきたため、彼に言い訳が通用しないことは分かり切っている。


 「やるしかないか。とりあえず、見つけやすい獲物から狙おう」


 思考を切り替え、立ち上がって捜索を開始する。

 程なくして、キールの〖気配察知〗スキルがいくつかの気配を捉える。


 (北の空に四翼大鷲が6羽、西の方に向かってる……手を出したら返り討ちにされて終わりだな。他には……ジャイアントエルクがいた! こっちだ!!)


 彼の〖気配察知〗スキルのLvはカンスト手前の〖Lv9〗であり、かなり広範囲をサーチできる上に、気配だけで対象の種族や大まかな強さなどを判別できるのだった。


 気配を感じる場所に向かうとすぐに対象を見つけたため、〖隠密〗スキルで自身の気配を消し、岩陰に隠れながら弓の狙いを定めた。

 ジャイアントエルクは決して弱い魔物ではない。

 鉄製の鎧を踏み砕く脚力と木々をなぎ倒して進む突進力を持つ屈強な鹿の魔物である。


 「〖狙い撃ち〗! 〖連射〗!! ……よし仕留めた」


 体長5mはあるジャイアントエルクだったが、頭や首にいくつもの矢を受けて倒れた。

 キールは気配を殺して隠れ潜み、弓矢で狙撃するスナイパーであり、自分より強い魔物であっても条件次第では一方的に倒せるのだ。

 彼は〖弓術〗スキルの連続攻撃で獲物を仕留めた後、再び次の獲物を探して歩き回った。


 その後、運よく体長2mの猿の魔物であるイエティと、それに追い掛け回される雪兎を発見して仕留めることが出来た。


 「……よし。無理だと思ったけど、意外とやれるもんだな。……痛っ」


 キールは油断したところで焼けるような痛みを感じて、足元を見ると体長30cmほどの蠍の魔物であるデッドリースコーピオンに刺されていた。

 デッドリースコーピオンそれ自体は弱いのだが尻尾の針に猛毒を持つ。

 これに刺されると〖毒耐性〗がない人間は数秒で死亡すると言われている。


 キールは一応〖毒耐性〗を持っているが、〖Lv2〗とそのレベルはあまり高くないため、すぐに【毒消し】を飲まないと助からない。

 急いでデッドリースコーピオンを倒し、あわてて【毒消し】を飲み、冒険者証で自身の<ステータス>を確認する。


 「……よし。毒は消えている」


 冒険者証に表示される<ステータス>には<状態>という項目がある。

 「毒」などの状態異常にかかると<ステータス>の<状態>にそれが表示されるため、体に異状がないかの確認は<ステータス>をチェックするのが一番早いのである。


 ちなみに、彼の〖毒耐性〗は〖Lv3〗に上がっていた。

 一見嬉しいことのように思えるが、耐性スキルのレベルは一定以上追い詰められないと上がらないため、これは仮に【毒消し】がなければ死んでいた可能性があったということである。


 「……体がだるい……あとは四翼大鷲なんだけど……あれは強いうえに群れるからマズいんだよな……」


 一度毒を受けたせいか、あるいは高山病の症状が進んでいるのか、吐き気やめまいを覚えながらも彼は〖気配察知〗スキルを発動。

 すると、運がいいのか悪いのか、3羽の四翼大鷲がこちらに向かっていた。

 四翼大鷲は体長4m程の4つの翼を持つ鳥の魔物で、個体でも強いうえに、集団で襲ってくる魔物である。

 ……ただの偶然でこちらの方に来ているのではない。

 明らかにキールをロックオンしている。


 「やばい! 3羽はやばい!」


 キールは悲鳴を上げながら走り出し、彼のすぐ後ろの地面に風の刃が降り注ぐ。

 四翼大鷲が持つスキル〖鎌鼬〗であり、3羽の大鷲達は空を飛びながらキール目掛けてこのスキルを何発も放つ。

 そのうちの1発がキールの足をかすめるが、彼は止まることなく走る。

近くにある大岩の下の隙間に滑るように潜り込み、大鷲達の攻撃範囲から逃れる。


 大岩の下で彼は装備している指輪に魔力を注ぎ込んだ。


 それは【隠密の指輪】というもので、魔力を注ぎ込むと装備者の気配を消す効果がある。

 姿まで消えるわけではないが、足音や匂い、存在感などは消せるため、狩りを行う際や今のように敵から逃げる際には非常に役立つ。

 キールは【隠密の指輪】と〖隠密〗スキルを併用しながら、上空で旋回している大鷲達の目を盗み、なんとか逃げ出した。


 その後、彼は1羽で動く四翼大鷲のはぐれ個体を発見し、〖狙い撃ち〗からの〖連射〗攻撃で仕留めて先に進むことが出来た。


 頭痛、吐き気、めまい、疲労……死にそうな思いをしながらも目的地である【毒竜白花】の群生地を目指す。


 (あそこ、猛毒のヒュドラ(Cランク)がいる毒沼地帯なんだよな。……今の状態で行ったら死ぬ気がする……でも、今から戻っても生きて帰れる気がしない……)


 四翼大鷲を討伐してから約1時間後、彼は【毒竜白花】以外の素材はすべて手に入れ、後は【毒竜白花】を手に入れて帰るのみとなったのだが、強敵との戦闘や高山病の諸症状によって体力の限界が近づいており、最早今から引き返したとしても自力で帰れるかどうかは怪しい。


 彼が助かる方法はただ一つ。


 (なんとか、アルやリリと合流して、2人に助けてもらうしかない……リリは確か、神聖魔法スキルの〖エクストラヒール〗が使えたはず……あれなら怪我だけでなく、病気も治せるから、僕の体調も治るはず……)


 今のキールには、仮にも先輩なのに後輩に助けてもらうのはどうか、などと体面を気にする余裕はなかった。

 彼が気にしているのは、2人と合流できるかどうか、それだけである。


 もともと最初は3人一緒に行動するものと思っており、加えてエリックから突然制限時間を付けられて、追い立てられるように出発してしまったため、合流する約束などしていなかった。


 (幸い、ルートの距離は僕が一番短い……急げばおそらく僕が一番乗りできるはず……何が何でも一番乗りして、そこで2人が到着するのを待つしかない……)


 手持ちの【ポーション】を飲み干し、一時的に体力を回復させると、気力を振り絞って彼は走る。

 もちろん【隠密の指輪】の効果や〖隠密〗スキルを最大限に使用して、魔物から見つからないようにしている。

 結果、望み通り目的地に一番乗りを果たす。


 ……そして、2人と合流するまでの間、最悪の体調を抱えたまま、毒沼地帯の中で息を潜めて、ヒュドラやその他の猛毒生物達をやり過ごすのであった。


 (……そういえば、2人は大丈夫かな? ……アルの方は……まあ、なんだかんだで大丈夫だろう。たぶん。……リリについては、心配するだけ無駄か。……お願いだから、早く助けてくれ……)




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 物語世界の小ネタ:


 この世界では「ステータスオープン」と唱えても自分の<ステータス>はでてきません。

 自分の<ステータス>を確認したい場合は、冒険者証などのようにそれ用の機能を備えた道具を使うか、または自分に〖鑑定〗を使う必要があります。

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