第7話 【毒竜白花の採取】アッララト山

——【毒竜白花】のある山、アッララト山の山中にて————————


 アルフレッドは1人で山の中をひたすら走っていた。

 エリックからハードな条件を突き付けられたアルフレッド達は、それぞれの指定ルートを与えられた制限時間内に走破して、リストに記載された【毒竜白花】を含む目標を手に入れるため、とにかく走っていた。

 3人が指定されたルートは、全く被らないようにスタート地点から別々の方向に向かうように設定されていたため、彼等は1人での行動を強いられていた。


 (まさか単独行動を強制されるとは……しかも走らないと制限時間に間に合わないし……この山、めちゃくちゃ危険なんだけど……)


 アルフレッドの現在地は故郷のリンド村の北に位置するアッララト山の山中である。


 この山は標高約5000mの大きな山で、広大な山中には多種多様な動植物が存在し、それを狙う魔物も数多く生息する、いわゆる魔境と呼ばれる危険地帯である。

 人間にとって脅威となる魔物が数多く生息しているのだが、一方で貴重な薬や錬金術の素材となる物も多いため、多くの熟練冒険者たちが挑んでは毎年少なくない人数が命を落としている。


 今回の目標にしている【毒竜白花】もこの山に生息する植物であり、群生地は村から見て山の反対側の中腹、ヒュドラが生息する毒沼地帯の中である。

 アルフレッドに指定されたルートは山の西側の中腹辺りを迂回して向かうものだった。


 【毒竜白花】はあらゆる状態異常を治す万能薬の材料であり、またいくつかの病気の特効薬としても使われているのだが、強力な毒にさらされないと育たないという特性があり、手に入れるためには猛毒の危険地帯に立ち入らなければならない。

 人の手で栽培できるようにするための研究も行われてはいるが、今のところ目処は立っておらず、そのような事情から高値で取引される希少な素材となっている。


 「えーっと……リストの素材も見落とさないようにしないと……」


 彼に渡されたリストには【毒竜白花】の他に約30種類近い素材が記載されており、相当手際よく探さなければ、まず制限時間とされる日没に間に合わない。


 (いっそのこと制限時間は無視するか……いや、間に合わなかったときの追加訓練、何やらされるか分かったもんじゃない……)


 これまでエリックに扱かれてきた経験から、ペナルティの追加訓練は危険と判断し、リストを視界に入れながらも〖気配感知〗スキルを使用して辺りを探り、アルフレッドはあくまで制限時間内での目標コンプリートを目指す。


 (【魔法の袋】も常に準備しとかないと)


 【魔法の袋】とは空間拡張の魔法が施されている袋の総称であり、多くの荷物を収容できる魔道具である。

 アルフレッドはこれをエリックから借りて腰につけていた。

 収容できる容量については様々であり、当然だが大容量のものほど高価なものになる。

 エリックから借りた袋の容量は家1件分が丸々入るうえに袋の中は時間が止まっていて、なおかつ物を入れる際は袋の口を対象につければ、自動的に吸い込まれるというかなり高性能な袋であった。


 「いた。グレーウルフ! 群れだが…1頭だけ仕留めて逃げよう!!」


 リストに記載された内の1つ、グレーウルフが群れているのを見つけたアルフレッドは最短距離を走って近づき、1頭だけ仕留めて素早く【魔法の袋】にしまい込んだ。

 その後、他のグレーウルフが飛び掛かってくるのを蹴りで牽制し、素早く離脱した。

 後ろからグレーウルフが追ってくるが気にしない。


 グレーウルフはEランクモンスターであり、数頭程度の群れであれば、アルフレッドなら倒せるのだが、今回は制限時間の関係で、1撃離脱で逃げることにしたのである。


 その後、犬の魔物であるコボルト(Fランク)や体長50cm程度の蟻、キルアント(Eランク)も同様の方法で仕留め、さらに先を急いだ。


 それから約1時間後、彼の足は止まっていた。

 スタミナ切れ、というわけではなく、目の前の状況に困惑していたためである。


 「……なにこの崖……地図のルートだと、崖を下りて行かなきゃいけないことになってるんだけど!?」


 彼の目の前には断崖絶壁があった。

 ざっと見積もって、下まで200メートルくらいはある。

 飛び降りたら死ぬのは間違いない。


 「地図を見直しても、間違いなくここだよな」


 道を間違えた可能性を考慮して、改めて地図を見たり周囲を見回したりしたが、指定されたルートは間違いなく崖を下りていくものであった。


 「……行くしかなさそうだな。命綱持ってないんだけど……」


 こうして彼は命綱なしでの崖下りに挑戦する。


 比較的下りやすそうなところから、慎重に崖に張り付くようにして下りる。

 注意深く足場になりそうな出っ張りを探し、場所によっては剣が使えない状況に備えて持っているナイフを崖に突き立てて少しずつ下に降りる。

 一応、これまでの修行の中で崖をよじ登ったり、降りたりしたことはあり、全くの初めてというわけではなかった。


 崖下りに少しずつ慣れて、降りるスピードを上げて、全体の半分ほど降りた時……


 ふと上を見るとロック鳥(Cランク)という体長3~4メートルほどの鳥の魔物が空を飛んでいるのを見つけた。

 ロック鳥は空のハンターとして冒険者達から恐れられる魔物である。

 空から突然襲ってくるため対処が難しく、しかも足の握力がすさまじいため、掴まれたら鎧を着こんでも助からないらしい。

 崖にしがみついてロクに動けない今の状況では、襲われたらまず助からない。

 アルフレッドは少し焦ったが、彼には気付いていないようでそのまま飛んで行った。


 ほっとしながら下を見ると、崖下には体長10mくらいで翼のない、灰黒色の鋼のような鱗をまとったドラゴンがいて、それと同じくらいの大きさで翼のない、岩石のような鱗をまとったドラゴンと戦っていた。

 前者がアースドラゴン(Bランク)で、後者がロックドラゴン(Bランク)である。


 リストには両者の竜鱗が記載されており、考えようによっては漁夫の利を狙えるありがたい状況なのだが……


 (……逃げたい……)


 巨大なドラゴン同士が戦っている戦場に、命綱なしで崖下りしながら近づくのは、めちゃくちゃ怖かった。


 「ガァーー!」

 「アァーー!」


 2体のドラゴンは咆哮を上げながら体をぶつけ合い、前足や尻尾で殴り合う。

 または破壊光線のようなブレスを放ち、前足を地面に叩きつけて地響きを起こす。

 戦いが激しくなるにつれ、アルフレッドがいる場所にも振動が伝わってきて、その度に彼は必死に崖にしがみつく。


 (やばい……このままじゃ落ちる!)


 彼の生存本能がこのままではまずいと警鐘をならすが、どうしようもなかった。

 いまさら上に登ってもすぐには崖上にはたどり着けない。

 崖下まではまだ100mくらいはある。

 そして近くに休めそうな場所はない。

 ……つまりどうしても耐え忍ばなければならないのである。


 (せめて少しでも下に降りよう)


 アルフレッドが覚悟を決めて、さらに下に降りようとしたとき、


 ガラッ


 「ぎゃあーーー!!」


 体重を預けていた崖のでっぱりが崩れ、10mくらい下に落ちていった。

 あわてて崖にナイフを突き立てて落下を止め、足場になりそうな場所に足を置く。


 「びびったぁー……」


 しかし安心するのは早かった。


 ズゥーン


 「げえーーっ!」


 ズザザーッ


 下ではブレスを食らったロックドラゴンが崖に叩きつけられ、再び崖に振動が伝わる。

 その結果、アルフレッドがいる場所が崩れて、今度は30mくらい下までずり落ちた。


 「はあっ、はあっ、やばかった……」


 何とか途中で踏みとどまったが、体のあちこちに擦り傷や打ち身が出来ており、頭の中ではいままでの思い出が走馬灯のように流れていた。

 気持ちを落ち着けるために少しの間、崖にしがみついていると、どうやら決着がついたらしく、ロックドラゴンはアースドラゴンに追い立てられながら逃げていった。


 「助かった……」


 2体のドラゴンが去り、窮地を乗り越えたと安堵したアルフレッドだったが、上を見るとロック鳥が彼を目掛けて飛んできていた。

 先ほどどこかに飛んでいったはずなのに戻ってきたのか、あるいは別の個体がやってきたのか、とにかく見つかってしまったらしい。


 「待て待てぇー!」


 アルフレッドはできるだけ早く下に降りようとするが、崖下にたどり着くよりもロック鳥が飛んでくる方が断然早い。


 「火魔法〖ファイアボール〗」


 アルフレッドは片手をかざし、拳大の火の玉を撃ち出す魔法スキル〖ファイアボール〗で牽制する。

 ロック鳥は難なく火の玉を躱すが、多少警戒したのかやや距離をとり———


 「ガーッ!」


 ———両翼を使い、人間大の大きさの竜巻を作って放った。

 ロック鳥は風属性の魔法が使えるのである。


 「ちくしょぉっ、こうするしかない!」


 アルフレッドは竜巻が届く前に自ら飛び降り、空中で【魔法の袋】の中身を、自分の下に向けて出す。

 崖下までまだ50m以上あったが、これまでの道中で仕留めた魔物の死骸や、万が一遭難した場合に備えて入れておいたテントや寝袋などがクッションになったことと、そして受け身をとったことで何とか大怪我をせずに着地することが出来た。


 (よし。賭けだったけど、成功した……あの鳥は?)


 ロック鳥はすぐそこまで迫ってきていた。

 足の爪の攻撃を横に跳んで躱し、剣を抜いて身構える。


 「でぇい!」

 「ガッ!?」


 そこに再びロック鳥が向かってきたため、直前で〖跳躍〗スキルを使って跳び上がり、両腕でロック鳥の首に抱き着くようにしてしがみついた。

 驚いたロック鳥が地面に着地したところで、アルフレッドは素早くロック鳥の背中に回り、首や後頭部を剣で何度も切りつけ倒し切った。


 (今度こそ助かった……よな?)


 散々死にかけたアルフレッドは、神経質になりながら周りを見渡した。




————————————————————————————————


 物語世界の小ネタ:


 アルフレッドは大体のことはそつなくこなせます。

 その代わりに突出した才能を持たない、いわゆる器用貧乏タイプです。

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