第34話 【不死教団】夕食会
——エルダ村の領主館にて————————————————————
カルネル領の村々での行商を終えたアルフレッド達はカルネル男爵に招かれて領主館に来ていた。
カルネル男爵、男爵夫人のフラウ、男爵令嬢のドゥエイン(通称ドゥエ)およびメノア、リリヴィア、アルフレッドの6人が細長いテーブルを囲むようにして並んでおり、部屋の入り口に執事のラキルが控えている。
「やあ、メノア殿、それに護衛のリリヴィア殿とアルフレッド殿。よく来てくれた。こんな時だが、ささやかな夕食会を用意したので、どうか座ってくつろいでくれ」
「お招きいただいてありがとうございます。カルネル男爵」
カルネル男爵とメノアが挨拶を交わして、その場にいる者たちは席に着いて食事を始める。
「メノア殿、商売の方はどうだい?」
食事をしながらカルネル男爵がメノアに質問を始める。
「ええ、お陰様で村の方々ともいい商売をさせていただきましたわ」
「そうか。では避難所の方はどうだっただろうか?」
カルネル男爵は避難所の村人達を気にしているらしい。
「皆、落ち着いているようでしたわ。やはりカルネル男爵のことを信頼しているみたいで。ただ、どうしてもウル村のことやゾンビの原因について気になるらしく、村の様子やここに来るまでの道中についての話を尋ねられましたね」
「やはりか。彼らも生活がかかっているから必死にならざるを得ないんだ。煩わしいだろうが、大目に見てやってくれ」
「別に煩わしいなどとは思っておりませんわ。皆礼儀正しい方ばかりでしたし、それに今回は事が事ですから、むしろ情報を集めるのは当然のことだと思います」
「そう言ってくれると助かる」
カルネル男爵は少しほっとした様子で礼を言う。
彼らの隣ではドゥエインがリリヴィアに話しかけていた。
「リリさん、ちょっといいかしら?」
「もちろんいいわよ。何かしら?」
「前に教えてもらった魔法の同時発動について、あれから自分で練習して火魔法の〖ファイア〗と光魔法の〖ライト〗を同時に発動させることはできたのだけど、ほんの数分くらいしか持続できなくて……自分だとどこが悪いのから、時間があるときに教えてくれるとうれしいのだけど」
「分かったわ。食事が終わった後でいいかしら?」
「ありがとう。よろしくね」
ちなみにこの夕食会だがリリヴィアとアルフレッドの分の食事については男爵家が用意したものではなく、自前の食材を料理したものだったりする。
これは別に男爵家が意地悪しているわけではない。
2人は基本的にはメノアの護衛としてここにいるわけであるから、相手側から出された飲食物を口にするのはよろしくない。
万が一毒や睡眠薬を盛られた場合に護衛対象であるメノアを守れないため、あえて男爵家が用意した食事ではなく自前の食料を食べているのだ。
本来であれば、護衛として来ている以上は席に座って物を食べたりせずにメノアの後ろなどに立って控えているべきなのだが、ドゥエインがせっかくだから2人とも話をしたいと希望したためリリヴィアとアルフレッドも席につく感じになったのである。
「ところでゾンビの調査は順調なの? あの後も戦いがあったと聞いたけど……」
「一応は順調と言っていいと思うわよ。あの後、村の人も数人連れて付近の森を調査したのだけど、そこでリッチ1体とスケルトン4体を討伐したわ」
「あら、リッチを倒したの?」
リリヴィアの中では今回のゾンビ騒動はゲームのイベントみたいなものであり、自分達も戦いに巻き込まれるものと思っていたため、自分達と関係ないところで戦いが終わってしまったというのは意外だった。
まあリリヴィア達はあくまで行商に来ているのであって、ゾンビ騒動には積極的に絡んでいるわけではないため、普通に考えれば何もおかしくはない。
行商に来た土地で起きた騒動が現地の人達の手によって解決した、というだけである。
普通に考えれば何もおかしくはないのだが、リリヴィアは普通には考えない。
(あり得ないでしょ。フラグを回避したわけでもないのに発生したイベントが知らないうちに終わっていたなんて! 絶対まだ何かあるはず!)
拍子抜けしたように聞き返したリリヴィアに対してドゥエインが答える。
「ええ。これで騒動が収まればいいなと思うのだけど、領内を一通り調べるまでは安心できないから明日はもっと人手を増やしてまだ調べられていない場所を調べることになっているわ」
「ふーん。一応、倒したリッチについて詳しく教えてもらえないかしら?」
イマイチ納得できないリリヴィアはとりあえず倒されたリッチの詳細を確認する。
「そうね。まず居場所については、ウル村から少し北に行ったところにある洞窟を拠点にしていたわ。洞窟の入り口近くにスケルトンが隠れていて、それを見つけたのがきっかけでリッチを発見したの」
「ふむふむ。なるほど」
「スケルトンは4体ともFランク程度、リッチについてもCランク程度のモンスターで特に危なげなく倒せたわ」
「洞窟の様子は? 外から見つかりにくくするようなカモフラージュとかはなかったの?」
「特に無かったわ」
「そう。リッチはどんなスキルを使っていたの?」
「普通に闇系統の魔法を使っていたわ。〖ダークスフィア〗とか。それと魅了も使ってきたけど成功しなかったわ。魅了のスキルレベルはそこまで高くなかったみたい」
「なるほど」
「リリさんはどう思う? これで今回の騒動は終わりだと思う?」
今度はドゥエインがリリヴィアに聞く。
ドゥエインは不安そうな表情をしており、彼女もあまり楽観視していないことが分かる。
「そうね……私もアンデッドに詳しいわけじゃないから何とも言えないのだけど、今聞いたリッチは、私の中で持っているイメージと合っていないのよね。もちろん私のイメージっていうのは確証があるわけじゃないから、ただの思い違いで、これで解決なのかもしれないけど」
リリヴィアの本心は「自分が関わらないところで勝手にイベントが終わるわけない」であり、そこから今回の騒動はまだ終わっていないと考えているわけなのだが、イベント云々というのが自分の主観に過ぎないことくらいは自覚しているので、あくまで状況から判断したという感じで答えることにしたのだった。
「リリさんはどんなイメージを持っているの?」
「狡猾で用心深いイメージ。ウル村で引き渡した盗賊達を覚えているかしら?」
「ええ。彼等はあの後こちらでも尋問したけど、あなた達から聞いた以上のことは知らないみたいだけど」
「彼等は2日前に魅了を受けて街道の通行を妨害していた。状況から考えて魅了した犯人はゾンビ騒動を引き起こした者だと考えるのが自然よね」
「うん」
「でもそうすると、犯人は2日前に来てから今日の早朝に騒動を起こすまで、丸1日以上誰にも気付かれずに潜伏していたことになるでしょ」
「そうなるわね」
「森には村人も入っているのに気付かれなかったってことは、それなりに隠密行動が出来るということ。少なくとも村人に気付かれないようには注意していたはず。それなのに、調査では割とあっさり見つかったみたいだし、拠点にしていた洞窟のカモフラージュもないっていうのがね」
「やっぱりあなたもそう思うのね。実は私達もその辺りが引っかかっていて…… とりあえず、領内を全部調べ終えるまでは用心しておこうということになったのよ」
ゾンビ騒動に関係すると思しきリッチの発見と討伐、それ自体は良いのだが思っていたよりもずっと順調に進んだことで、却って皆慎重になっているらしい。
「まあ、実は何かの偶然が重なっていただけで、それほど警戒しなくても良かったって可能性もあるけど、今は用心するに越したことはないでしょうね」
リリヴィアも絶対に何かあるとは言わないものの、警戒しておくべきだと言う。
(しかしこの夕食会、完全に情報交換の場になってるな。当たり前だけど)
アルフレッドはメノアやリリヴィア達の会話を聞きながら、心の中でそんな感想を漏らす。
いまのところ彼には誰も話しかけてこなかったりする。
(別に寂しくはないぞ……そもそも俺は護衛なんだから、周囲の警戒に集中していればいいわけだし……)
一応は護衛という立場であるため、自分から話しかける気にはなれないアルフレッドは周りの会話を聞きながら黙々と自分で用意した夕食を食べている。
「アルフレッドさんでしたわね。少しいいかしら?」
そうしていると男爵夫人のフラウがアルフレッドに話しかけてきた。
「あ、はい。何でしょうか?」
「ふふ。せっかくだから少しお話がしたくて。あなたは、歳はいくつ?」
フラウはやさしそうな笑みを浮かべて聞いてくる。
「今年で15です」
「本当に若いのね。息子と同い年だわ」
「息子さんがいらっしゃるんですか?」
「ええ。今は王都の学園に通っているからここにはいないけど」
「王都ってことは王立学園ですか。すごいですね。確か余程頭が良くないと入れないんですよね」
この国では主要な街には一つずつ国立の学校があり、貴族や地主など裕福な家の子弟が学んでいる。
そして王都にある学校(学園または王立学園と呼ばれている)には特に優秀な生徒が集められ、より高度な教育を施しているのである。
カルネル男爵家の息子(ライオットという名前らしい)は非常に頭がよく、王都の学校に入学して現在勉強中とのこと。
「それでその息子さん、ライオットという方は学園ではどんな勉強をされているんですか?」
学園の話が出たことでアルフレッドは興味津々で話に聞き入っていた。
彼はずっとリンド村で育ったため、学校に通ったことがない。
そのため学生生活というものに少なからず憧れを持っていたりする。
「ライオットは錬金術の研究に夢中になっているわね」
「錬金術!?」
「ええ。友人たちと一緒に学園の研究室にこもって魔道具の錬成実験なんかをしているみたい。学園を卒業したら王都の錬金術師に弟子入りするんですって」
「何ていうか、意外ですね。王立学園卒業したなら中央の官僚になったりするイメージなんですが……」
「ふふふ。まだ若いからね。カルネル家としては将来的には領主を継いでもらわないと困るのだけど、今はまだ夫も元気だし、若いうちは好きなことをさせようと決めているのよ」
カルネル家では子供の職業決定に関しては本人の好きにやらせているらしい。
理解のある両親である。
出発前にリンド村のカルア婆さんから授業を受けたおかげで、錬金術師についてはマッドサイエンティストなイメージを持っていたアルフレッドであるが、そのことには触れないでおく。
(錬金術師っていったらカルア婆さんのイメージだけど、全員があんな感じというわけじゃないよな。まともな錬金術師もきっといるはず……)
「それで、息子が憧れている錬金術師というのが———」
こうしてメノアやリリヴィアが村の様子やゾンビ騒動について話し合っている間、アルフレッドは男爵夫人と全く関係のない話で盛り上がるのだった。
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物語世界の小ネタ:
王国の識字率はまあまあ高いです。
国立の学校の他にも地方の領主や知識人が学校や塾を建てていたり、教会で読み書きを教えていたりしており、平民でも結構な割合で読み書きできる人がいます。
ちなみにアルフレッドは学校には通っていませんが、村の大人達から勉強を教えてもらっているため、普通に読み書きできます。
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