第33話 【不死教団】避難所の村人達

——エルダ村外れの避難所にて——————————————————


 アルフレッド達は村人達の避難所に来て商売を行っていた。

 避難所はゾンビ騒動の起きたウル村から南に30分ほど歩いた所にあるエルダ村の外れであり、そこには百人ほどの村人がいた。

 

 「これ、ください」

 「はい。2セントになります」


 もうしばらく避難生活が続くと聞いた村人達は食料品や日用品を買い始め、そのついでにウル村の様子をメノアから聞いている。

 メノアも村人からの問いに答えつつ、軽い世間話などを交えて最近の様子などを聞いていた。

 アルフレッドとリリヴィアも商品の受け渡しなどを手伝いながら村人達の話に耳を傾ける。


 ゾンビ騒動に関する村人達からの話をまとめると、


 ・今日の朝、ウル村の北側から突然ゾンビの群れが現れて襲ってきた。

 ・ゾンビの元になった死体はおそらく村の北側にあった墓地に埋葬されていたもの。

 ・突然のことで村人達はパニックになり、結果として十数名が行方不明となった。

 ・領主のカルネル男爵は事態を知るとすぐに動いてくれた。

 ・いまのところウル村以外でゾンビに襲われたところはない。


 といった感じである。


 ちなみに突然追い立てられて、ほとんど何も持たずに逃げてきた村人達がなぜ買い物する金を持っているのかというと、カルネル男爵家が無利子で貸してくれたからとのこと。

 メノアはカルネル男爵のことを「しっかりしていて、かつ誠実そうな感じ」と評していたがその通りの人物らしい。

 

 「なあ兄ちゃん、ゾンビの原因についてどう思う?」


 ウル村からの避難民と思われる中年の男がアルフレッドに話しかけてきた。


 「あ、俺ですか? ……そうですね。俺もあまり詳しくないですが、ゾンビは死霊術で作り出されるものであって、ただ怨念やら未練やらで勝手に発生するものではないと習いました。なので、今回の騒動についても死霊術を使える人か魔物がいるものと考えた方がいいと思います」


 アルフレッドはまさか自分に話しかけられるとは思っていなかったので、つい自身を指差して聞き返すが、そのまま自分の考えを述べる。


 「やっぱりか……」


 中年の男はアルフレッドの答えを聞くと頭を掻きながら考え込んだ。


 「えーっと、あなたの名前は? あ、俺はアルフレッドと言います。アルと呼んでください」

 「ああ、俺はオルトっていうんだ。普段はウル村で狩人をやっている」

 「よろしく。オルトさん。それで、わざわざ聞いてきたということは、何か気になることがあるんですか?」

 「気になるっていうか……まあそうだな。実はここ数日、村の近くの森に誰かが踏み入っていた形跡があってな。最初は村の人間か領の兵隊達かと思ったんだけど、どうも違うみたいなんだよ。他の奴らに聞いても誰も知らないって言うし」


 オルトが気にしているのは、彼が見つけた形跡の主がゾンビを発生させた犯人ではないかということだ。

 必ずしもそうだとは限らないものの、タイミングからして十分怪しい。


 「……それは確かに気になりますね。ちなみにそれは領主様には報告したんですか?」

 「ああ。本当にゾンビ騒動に関係するかはわからんが、一応な。ここに避難してきた後、領主館にいる執事のラキルさんに報告したから、今頃は領主様にも届いているはずだ」

 (知らない者が近くの森に潜んでいたと。例の盗賊を操っていた旅人かな?)

 「それでだな、ゾンビを作り出すような奴と言ったら、何がいるか分かるか?」

 「そうですね……仮に魔物とすれば、リッチのような高位アンデッドや悪魔、一部のドラゴンとかですね。人間だったら、死霊術師と呼ばれるようなのが一部にいるそうですが」

 「うーん。どれもやばそうだな……」

 「ちなみに踏み入った形跡っていうのは、具体的にはどんなものだったんですか?」

 「俺が見つけたのは足跡と魔物の死骸だ。足跡については人の足跡っぽいものが数人分あって、死骸は森の魔物のものだったんだが、魔法で倒されたような感じでな。ここらの魔物にやられたって感じには見えなかった」

 「なるほど。一応念のために確認しますが、最近ここを訪れた旅人とかはいないんですね?」

 「少なくとも俺はよそ者が来たという話は聞いていないな。ここらは小さな村ばかりだから、皆知り合いばかりで、知らない奴が村に来ていたら噂になっているはずだし」

 (つまり、盗賊を操っていた奴らは村には入っていないと)


 アルフレッド達がここに来るまでの道で盗賊達に魅了をかけた者がいたはずだが、オルトの話が正しいならその者は村には来ていないことになる。


 (犯人は十中八九、盗賊を魅了して操っていた奴ら……他に何か分かることないかな……)


 アルフレッドが考え込むとその様子を見ていたオルトが質問してくる。


 「アル、あんた冒険者だろ? ゾンビ化の犯人が何か分かるか?」


 彼もやはりゾンビを発生させた元凶が気になるらしい。

 今の時点で元凶を特定できるとは思っていないが、それでもひょっとしたら何か分かるかも、と思ってアルに聞いてみたのだった。


 「すみませんが、これだけだと分からないですね」

 「やっぱりか」

 「……足跡が人のものに似ていて、魔法を使うならリッチ系統のアンデッドか人間の死霊術師が怪しいですが、言えるのはそのくらいですね」

 「仮にリッチだったとして、ここの兵隊達で何とかなると思うか?」

 「……微妙ですね。リッチの強さについては個体差が大きいので、下級のものなら兵隊が数人でかかれば勝てるでしょうけど、上級だと勝てるかどうか分からないです」

 「うーん……結局、犯人が分からないと何も分からんってことか……」


 オルトは苦虫を嚙み潰したような顔をしながらも、分からないものは仕方ないとあきらめる。


 「オルト、ラキルさんが呼んでるぞ。ゾンビの件で、これから森を調査するって話だ」


 使用人らしき男がふいに現れてオルトに声をかける。


 「なに? ……ああ、分かった。すぐに行く」

 (森の調査か。オルトさんがさっき言っていた足跡とかを確認しに行くのかな?)


 オルトはアルフレッドに簡単に別れを告げると声をかけてきた男と一緒にすぐに領主館に向かっていった。


 「なあ、兄ちゃん。俺も聞いていいか?」


 オルトが去った後、近くにいた別の男がアルフレッドに声をかけてきた。

 外見は30歳前後の精悍な顔立ちの男である。


 「はい。何でしょうか?」

 「まず俺はダレンと言って、普段はウル村の衛兵をやっている者だ。今は避難した奴らの世話係をやっているんだが、やっぱり今回のゾンビ騒動はどうにも気になってな……まあ分からないなら分からないと答えてくれていいんだが、兄ちゃん達は北の街道からここに来たわけだろ? 村の近くの森で、何かゾンビに関係するようなものを見かけたりしたか?」

 (盗賊の件とか橋が落ちていた件とかがあったけど、どこまで言うべきかな)


 ダレンもゾンビ騒動に関する情報が欲しいらしい。

 騒動に関する調査はカルネル男爵によって行われているわけだが、今の時点ではまだ分かっていないことの方が多く、避難した村人達に対して何か発表できる状況ではない。

 ダレン達は調査が終わるのを待つしかないとはいえ、騒動が解決しないと村に帰れないため、情報が欲しいと思うのも当然である。


 しかしアルフレッドもそこまで詳しく知っているわけではない。

 個人的には【不死教団】が怪しいと思っていたりするのだが、何も証拠がないのにいい加減な憶測を言って混乱させるわけにもいかない。


 (とりあえず、分かっていることだけ伝えるか)


 アルフレッドは何を伝えるか頭の中で簡単に整理しつつダレンの問いに答える。


 「……関係があるとは限りませんが、2点ほど。1点目はここに来る途中の橋が落ちて川を渡れなくなっていましたね。俺達は仲間が魔法で土の橋を作って渡ってきましたが、土魔法が使えなかったら引き返す羽目になっていました」

 「なに!? 橋が無くなっていたのか?」

 「はい」

 「そうなのか……それで2点目は?」

 「2点目は盗賊に遭いました。場所は橋を渡ってすぐのところです。幸い大したことない連中だったんで返り討ちにして、ここの領主様に突き出したんですけど」

 「盗賊!? それは知らなかった……」

 「それで、その盗賊についてなんですけど、魅了の状態異常にかかっていました」

 「魅了っていうと、操られるヤツか?」

 「はい。盗賊と戦った際に鑑定スキルで調べましたので間違いないです。捕まえた後に魅了を解除して尋問してみたんですが、2日前くらいから記憶が無くなっていまして、おそらくその辺りで魅了をかけられたものと思っています。それと橋についても自然に落ちたというよりは壊された感じでしたので、タイミングから見て2つともゾンビ騒動を起こした奴がやらかした可能性があります」

 「マジか……」


 盗賊は予想外だったらしくダレンは絶句した。

 その後ダレンはアルフレッドに礼を言って、ぶつぶつ独り言を言いながら去っていった。


 (盗賊の件は結構ショックだったみたいだな……この辺り、普段は盗賊いないのかな)


 すると今度はリリヴィアがやってくる。


 「アル、そろそろ別の場所に移動するから、商品の片付けを手伝ってほしいそうよ」

 「分かった」


 アルフレッドはリリヴィアと一緒にメノアのところに歩き出す。


 「ところでここの人と話していたみたいだけど、何か面白い話でも聞けたの?」


 歩きながらリリヴィアが聞いてきたので、アルフレッドはオルトやダレンとの会話をリリヴィアに話す。


 「ふーん。森の足跡ね……」

 「リリ、お前はどう思う? この騒動、このまますんなり解決すると思うか?」


 メノアのところに着いた2人は商品の積み込みを手伝いながら話し続ける。

 ちなみにメノアは【魔法の袋】をいくつか持っており、傷みやすい物や壊れやすい商品については種類ごとに【魔法の袋】に入れて保管している。


 「するわけないじゃない。これは完全にイベントよ。ここからさらに一波乱あるに決まってるわ。きっと」

 「イベントって……まあ、でも橋落としたり盗賊操ったりと随分手間かけているみたいだし、村一つ襲って終わりってのは腑に落ちねえよな」


 騒動を引き起こしたのが魔物であれ人であれ、襲撃には目的があるはずである。

 村を襲撃するためだけにゾンビを作り出すということも、あるいはあるのかもしれないが、襲撃を受けたウル村は様子を見る限りではどこにでもある普通の村であり、ゾンビを嗾けられるような理由があるようには見えない。

 犯人の目的は分からないが、わざわざ外部との往来を妨害しているあたり、さらなる襲撃に気を付けた方が良さそうである。


 アルフレッド達はそんなことを話しながら、避難所を後にしてエルダ村や他の村を回って行商を続けるのであった。




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 物語世界の小ネタ:


 カルネル領はエルダ村を中心としたいくつかの村で成り立っています。

 地味ですが、土地は肥沃でまあまあ豊かな領地だったりします。

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