第32話 【不死教団】教団の暗躍(sideワイズ)

——カルネル領のとある森の中にて————————————————


 アルフレッド達が村でカルネル男爵と会っていた頃、そこから離れた森の中に数人の人影があった。

 その中の1人、小太り気味の体を見るからに高価な衣服に包んだ中年の男が話し出す。


 「お久しぶりです。グノム様」


 その男の名はワイズ・ジャルネル。

 この国では大商人として知られる男であった。

 元々は貧しいスラム街の出身であり、1代でこの国有数の大富豪へと成り上がった実力者なのだが、同時に黒い噂の多い人間でもある。


 「商人がいったい何用だ? 私は忙しいのだが」


 グノムと呼ばれた者が煩わしそうに返事を返す。

 骸骨に皮を張り付けたような躰に、ミスリルの鋼糸を編み込んで作られた黒いローブを纏い、手には禍々しいオーラを放つ宝玉を嵌め込んだ大杖を持っている。

彼は人間ではない。

 リッチの上位種、エルダー・リッチと呼ばれるアンデッドモンスターである。


 「いや、申し訳ありません。実はお耳に入れたいことがございまして。あなた様の、ひいては偉大なる教主様の利益にもなるかと思っております」


 ワイズは軽薄そうな笑いを浮かべつつ軽く頭を下げる。

 一応言葉では謝り、頭も下げてはいるものの、本心からの言葉とは思えない。


 「ふん。白々しい。そう言って我々を都合良く動かそうとしているのだろう? 一応聞いてやるからさっさと話せ」

 「はは、これはお手厳しい。ではさっそく本題に入らせていただきます」


 ワイズは頭を上げ、姿勢を正して言葉を続ける。


 「グノム様がこの地で行っておられます、高位アンデッド製造計画。この計画には大きな魔力を持つ生贄が必要なのでしたな? そしてそのためにこの地の領主であるカルネル男爵を捕らえようとなさっている」

 「ふん……」

 「しかし、仮にも貴族を捕らえて殺害するとなりますと、これは大事件。国も本腰を入れて捜査を行うでしょうし、万一我らが教団の仕業と知られれば今後の活動にも支障が出る恐れがございます。やはり、いつ消えてもおかしくない冒険者を生贄とした方がよろしいのではないかと愚考いたします」

 「……で? どうしろと?」

 「幸運なことに、いまこの領内に丁度良い生贄が来ています。その者はとある商人の護衛として来ているDランク冒険者でして、名をリリヴィア・ファーレンハイトと申します。ランクこそ低いですが、私の持つ鑑定アイテムを用いて密かに鑑定しましたところ、なんと〖Lv40〗。Bランク冒険者並のレベルで肝心の<MP>についても生贄の基準を満たしております。レベル相応の強さはあるようですが、グノム様であれば十分倒せる範囲内のはず。いかがでしょうか」


 ワイズは大げさな身振りを交えながら、まるで商品のプレゼンを行うかのように演説する。

 ちなみに彼は、嘘は言っていないし、言ったつもりもない。

 リリヴィアは自身の<ステータス>を偽装しており、実は〖Lv40〗というのは偽装された数値なのだが、そのことを見抜けなかっただけである。


 「……その冒険者が護衛している商人なら私の方にも報告が来ている。確か貴様がライバル視している商会の会頭の娘で、いまは行商人だったか」

 「さすがでございます」

 「察するに、貴様はその商人をどうにかしたいのであろう? いままでも教団のためと宣い散々利用してくれたな。程々にしておかんと、場合によっては貴様を排除することになるぞ」

 「滅相もございません。私はあくまで教団のためを思ってご進言させていただいたに過ぎず、ただ教団のご迷惑にならない範囲でおこぼれに与っているだけでございます」


 グノムの言葉について首を振りながら否定するワイズだが、その姿はどこか道化染みており、とてもではないが信用できない。

 アンデッドゆえに感情が抑制されているはずのグノムでさえもやや呆れている。


 「まあ、今回は良いだろう。貴様の言っていることは尤もだ。元々ここの領主を狙ったのは、条件を満たす冒険者を狙うのが難しかっただけのこと。生贄としての条件は<MP>が200以上。それを満たすのは冒険者ならBランク以上の魔法職といったところだが、奴らは数が限られている上に、国や貴族に抱え込まれて迂闊に手を出せん者も少なくない。そうでない者も捕捉が難しいか、あるいは用心深いか……不可能とまでは言わんが、地方の田舎貴族の方がやりやすいと踏んだからこそ、こうしてこの地で計画を執り行っている」

 「ご聡明なお考えに、私、感服するばかりであります」

 「本当に白々しいな。世辞は要らんと前にも言ったであろう。まあ良い。やりやすいと踏んだからカルネルという田舎貴族を狙ったが、貴族を害することで国の追及が厳しくなるであろうことも事実。狙いやすい獲物がいるならそちらを生贄とするのも悪くない。唯一癪に障るのが貴様の思い通りに動かされることだが、まあ、貴様からも大分寄付を受け取っているからな。見返りに多少働いてやるくらいはしても良かろう」

 「グノム様のご寛大なお心に感謝を。もちろん、寄付の方もこれまで以上にお納めさせていただきます」

 「ふん。ならば持っている情報をすべて寄越せ。隠し立ては許さんぞ」

 「もちろんでございます。まず人数についてですが———」


 こうしてワイズは自分の持つ情報をグノムに伝え始める。

 彼はグノムから指摘された通り、メノアの父親が会頭を務める商会を邪魔に思っており、今回メノアを誘拐してその父親に対する人質とすることを画策しているのであった。


 本来は行商の道中で子飼いにしている腕利きの手下達に馬車を襲わせるつもりであったが、賄賂に目が眩んだギルド職員から得た情報で、意外に優秀な冒険者が護衛についていることが判明。

 念のために彼女らが街を出発する際にさりげなく近寄り、隠し持った鑑定アイテムでアルフレッド、リリヴィア、メノアを鑑定する。


 鑑定した結果、下手に手を出せば返り討ちに遭いかねないことを知ったワイズは【不死教団】の幹部、グノムが行っている計画を利用することを考えついたのだった。


 彼はこんな時のために【不死教団】に多額の寄付金を貢いだり、有益な情報を提供するなどして取り入っていた。

 グノムの計画に関しても、教団からの要請で関連する情報を集めていたため、知っていたのである。


 「———以上が私の知る情報となります。何かご不明な点などはありますでしょうか?」


 ワイズは護衛の人数、鑑定した結果判明した内容、行商ルートなどを説明して不明点の有無を問う。


 「ふむ。さすがに良く調べているな。だが、一つ気になるのは、護衛2人の強さだ。聞く限りその2人は随分若いらしいが、それにしてはかなり強いようだな。この点に関して何か分かることはあるか?」

 「申し訳ありません。確実に分かっていることは先ほど申した通りとなります。ただ一つ言えるのは、護衛2人の強さについては私自ら鑑定したものでして、確実な情報となります。また経歴についてもかねてより手懐けておりますギルド職員からの情報でございますれば、こちらも十分信憑性の高い情報でございます」

 「ほとんど新人といって良い無名の人間であるにも関わらず実力は一人前、しかも1人は一線級の強さを持つわけか。いささか奇妙な話だな」

 「確かに仰る通りでございます。通常は経験を重ねていくうちに実力を高めていくものですので、経験の浅い新人がいきなり高い実力を持つことはほぼあり得ません。 ……ただ、一方でそのような事例が全くないというわけでもございません。例えばその者が実力のある騎士や冒険者の子弟で、幼少のころから修行を積んでいた場合などでございます。推測となってしまい恐縮ですが、冒険者のランクが必ずしも実力と一致するとは限りませんので、この者達もランクではなく、レベル相応の実力を持っていると考えるべきでございましょう」


 ワイズは1代で成り上がっただけあって優秀な男であった。

 リリヴィアやアルフレッドの実力についてもランクだけで判断することはせず、必要に応じて自ら確認に動く。

 裏社会に深く関わっているだけに、情報の軽視が命取りになることを良く知っている。

 それゆえにグノムの問いについても慎重な答えを出したのだった。


 ……リリヴィアの<ステータス>偽装について見抜けないのは仕方がない。

 そもそも〖Lv40〗も一般から見れば十分破格なのである。

 実はそれ以上の化け物でした、なんてことは普通考えない。

 今回は対象が普通ではなかったというだけである。


 「まあ、確かにな。ちなみにこの2名が、国から派遣された調査員である可能性はあると思うか」

 「……そうでございますね。絶対にないとは申せませんが、その可能性は低いと愚考致します。メノアはあくまで行商人。国の上層部と繋がりがあるわけでないため、彼女を守るためにわざわざ人を割くとは思えません。さらに今回のご計画につきましても、いまのところ国に気取られた様子は全くなく、我々を捕らえるために送り込まれたとするのは考えにくいと思われます」

 「うむ。貴様もそう思うか。であれば良い。このリリヴィアという者を生贄にするとしよう。聞きたかったのはこれだけだ」


 グノムもワイズと同様の考えだったらしい。

 念のために聞いた結果が自身の考えと同様だったことに満足して話を切り上げる。


 「他に何もないなら我らは準備に取り掛かるが?」

 「はい。これ以上、私から申し上げることは何もございません。計画の成功をお祈りいたします。それでは失礼させていただきます」

 「うむ」


 話が終わってワイズは引き上げる。


 (これであの厄介そうな護衛は片付くだろう。そうすればメノアを……まったく、予想外の護衛が着いたおかげで苦労させられたぜ。何だって、あんなガキ共が高レベルの察知スキルを持っているんだよ! おかげで万一にも気取られないように行商ルートとは別の、遠回りの道を行かなきゃならなかっただろうが! そしてそのせいで遅れないために、睡眠時間を削って大急ぎで向かわなきゃならなかった。着いたときにもしもグノムの計画が終わっちまってたら、こいつを利用するのはさすがに無理だったからな)


 引き上げる途中、ワイズは表情に出さずに心の中で悪態をつくのだった。

 彼は襲撃するに当たっても慎重に動いていたのだが、そのせいで意外と苦労していたらしい。




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 物語世界の小ネタ:


 ちなみにワイズがメノアを狙い始めたのは、つい最近です。


 メノアはこれまで様々なトラブルに遭遇していますが、ワイズが裏で糸を引いていたということはなく、本人の運だったりします。

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