第31話 カルネル領の騒動
「俺が先行して様子を見てきますね」
「悪いけどよろしく。私達はここで馬車を止めて様子見させてもらうわ。戦いに巻き込まれないように気を付けて」
「了解です。リリ、馬車の方は頼むぞ」
「了解。こっちは任せて」
一行は馬車を止め、アルフレッドだけが走って村に向かう。
村に近づくとアルフレッドは林の中に入り、〖隠密〗スキルを発動しつつ木々の陰に隠れながら村の様子を確認する。
(村の中の気配は……兵隊達とゾンビの群れが戦っているな。数は兵隊の方が10人、ゾンビが約50体か。兵隊はたぶんここの領主の兵士で、ゾンビが出たから討伐している感じか? 普通の村人の気配はないな。避難したのか、それともゾンビになったのか……)
ゾンビとは人や獣の死体が魔物化したものであり、脅威度はFランクとそれほど強くはない。
実際、ゾンビ達の動きは遅く知能も低いため、兵隊達は危なげなく倒し続けている。
(この分ならそう時間もかからず討伐できそうだな。一旦馬車に戻って報告するか。 ……うん?)
アルフレッドが引き返そうとしていると、兵隊達に交じって身なりの良い30代くらいの男性と冒険者風の若い女性がいることに気付く。
どちらも魔法使いらしく、魔法を使ってゾンビ達を倒している。
(男の方はひょっとしてここの領主様か? あと冒険者の方はレイドクエストで見かけたな。確かドゥエって呼ばれてたっけ。これも報告だな)
アルフレッドは馬車に戻ってメノアとリリヴィアに報告した。
「なるほど。おそらくだけど、その男の人は領主様だと思うわ。話を聞く感じだと戦いが落ち着くまで待ってから村に向かう方が良さそうね」
「それにしても、ドゥエもいるのね」
「たぶんだけどな」
「せっかくだし、あの子にも話を聞きましょうよ。そこの盗賊達を操った奴らと村に出ているゾンビの関係も気になるし」
「そうだよな」
この世界においてゾンビは自然発生することはない。
人や獣の死体が魔物化して動き出すようになったモノがゾンビなのだが、よくあるホラー映画のように恨みや未練で勝手にゾンビになるわけでもなければ、ウイルスに感染してなるわけでもない。
死霊術と呼ばれる禁忌の魔法が存在し、一部の人や魔物が対象の死体にその魔法を使うことで生み出されるのである。
つまり、目の前の村にゾンビが発生しているということは、それを生み出した元凶が必ずいるということであり、タイミングから言って盗賊達を操っていたとされる旅人が疑わしい。
「……何か良からぬことを企んでいた者がいて、その者が村で事を起こしている間に邪魔が入らないようにするために、盗賊達を操ったり橋を落としたりしたとすれば、立て続けにトラブルに見舞われたことも説明がつくわね。 ……ハーピーについては本当に偶然だったのだろうけど」
メノアは村の方を見ながら自身の考えを口にする。
「ゾンビと言ったら、リッチ事件に絡んでいたっていう【不死教団】が思い浮かぶのだけど、そいつらかしら?」
「どうだろうな。可能性として警戒しておくべきなんだろうが、まだ決まったわけじゃないし、決め付けは良くないんじゃないか?」
「リッチ事件ってイーラにリッチが潜伏していた事件よね? 私はあまり詳しくないのだけど、【不死教団】が関係してたの?」
「あ、はい。【不死教団】については俺も伝聞なんですが、リッチが街に入り込むのに協力していたらしいという話を聞きました」
「うわあ……それは知らなかったわ」
「ところでメノアさんは【不死教団】については聞いたことあるの?」
「一応はね。そんなに詳しくはないけど、前々から禁忌の研究を続けていたらしくて、数年前から帝国やこの国で邪教徒認定されたこととか、国から目を付けられた後もいろいろと犯罪行為をしているらしいとか、そのくらいかしら」
「俺達が知っているのも似たようなものです。他には不老不死目当てで一部の有力者が教団に手を貸しているんだとか。 ……あ、戦いが終わったみたいですよ」
「とりあえず、村に行きましょうか。馬車を動かすからじっとしてて」
「「了解」」
こうしてアルフレッド達は村に向かった。
兵士達からは疑いの視線を向けられたりもしたが、領主の知り合いと分かってそれもなくなった。
「暫くぶりだね、メノア殿。そちらの2人は初対面みたいだから改めて名乗るとしよう。私がこのカルネル領の領主、クルト・フォン・カルネルだ。貴族と言っても爵位は一番下の男爵で、見ての通り田舎貴族だからあまり気負わずに接してくれ。それと隣にいるのが娘のドゥエインだ」
「カルネル男爵家の長女、ドゥエイン・フォン・カルネルです。Dランク冒険者でして、オーク討伐の時はお世話になりました。改めてよろしくお願いします」
村の中心にある教会の聖堂でカルネル男爵達は3人に挨拶をした。
なお、この村はウル村という名前らしい。
彼の家はこのウル村とはまた別のエルダ村というところにあるらしく、この村の教会を臨時の拠点にしているらしい。
ちなみに彼らの名前と名字の間に「フォン」とついているが、これは貴族階級の人間に与えられる称号である。
この国では貴族階級の人間のフルネームは「○○・フォン・○○」という風になるのである。
「お会いくださりありがとうございます。カルネル男爵。こちらは今回護衛として雇った冒険者でリリヴィアとアルフレッドといいます」
「Dランク冒険者のリリヴィア・ファーレンハイトです。よろしくお願いします」
「Eランク冒険者のアルフレッド・ガーナンドです。よろしくお願いします」
「よろしく」
「私達はいつものように行商に来たのですが、道中でご報告させていただきたいことがありまして、それで不躾ですが面会を希望させていただいた次第です」
「ほう、それは?」
「この村へと来る途中の街道に5人組の盗賊が現れたのですが、その者たちは魅了の状態異常にかかっていました。捕まえたのち、私達の方で尋問してみたのですが、どうやら盗賊達は2日前に街道で旅人を襲おうとしたところで記憶が途切れているみたいで、おそらくはその旅人が盗賊達に魅了をかけたのではないかと思われます。また、襲撃された地点の近くの橋が壊されていまして、私達はこちらのリリヴィアが土魔法を使い、臨時の橋を作って渡ってきたのですが、橋を壊したのもあるいはその2日前の旅人なのではないかと疑っています。それで、つきましては捕らえた盗賊達を馬車の中に入れていますので、彼らを引き取っていただいて調査をお願いしたいのです」
「なんと……話は理解した。ペリドット、盗賊達を引き取ってくれ。とりあえず、この村の拘置所に入れて後で話を聞こう」
「了解いたしました。おい、2,3人ほどついてこい」
「「「はい」」」
「じゃあ、俺も行きますね」
ペリドットと呼ばれた隊長らしき騎士が部下を3人ほど連れて出ていき、アルフレッドも案内のために同行する。
「盗賊を5人も倒すとは、君達は腕利きなんだね」
ペリドットは歩きながらアルフレッドに話しかける。
「まあ、盗賊達は大して強くありませんでしたから。それよりこの村の人達は? 辺りにはいないみたいですけど……」
「村の者達は別のところに避難させている。事態が落ち着くまでは戻せないだろうな」
「仕方ないですよね。ちなみにゾンビ達が出現した原因って何なのでしょうね」
「残念ながらまだ分かっていないよ。今日の朝、ここの村人がクルト様のところに逃げ込んで来て事態が発覚して、それから急いで討伐に来て、戦いが終わったのはついさっきさ。原因やら何やらの調査はこれからだから、今は何も言えないね」
「なるほど」
そんなことを話している間に馬車に着き、アルフレッド達は未だ眠ったまま縛られている盗賊達を背負って村の拘置所に運び込む。
運び込みが終わると兵士のうち2人が見張りとなり、残りは教会に戻った。
教会ではカルネル男爵とメノアが盗賊達やゾンビの件について話し合っていた。
そこにアルフレッドとペリドット達が戻る。
「ただいま戻りました」
「ご苦労。盗賊達はどうだった?」
「はい。5人の盗賊達はご指示の通り村の拘置所に移しました。アルフレッド殿によれば盗賊達には睡眠薬を与えて眠らせているとのことで、目覚める様子はありませんでしたので、いまのところは兵士2人に見張らせるだけに留めています。見張りの兵士には盗賊達が目覚めたら知らせるように命令しております」
「うむ。分かった」
「はっ」
カルネル男爵への報告を終えたペリドットは礼をして後ろに下がる。
「そういえばリリ、盗賊達が目覚めるのはいつごろになりそうかしら?」
「早ければ、そろそろ目覚めてもおかくないはずよ。元々衛兵に突き出すまで眠らせるだけのつもりだったから、飲ませた量は少なめにしてあるし。せいぜい後1~2時間くらいじゃないかしら。 ……仮に今すぐ尋問するなら、回復魔法で起こすこともできるけど」
メノアの問いにリリヴィアが答える。
「まあ、そのくらいで起きるなら無理に起こす必要もないだろう。メノア殿、盗賊の捕縛と情報提供感謝するよ。これからの予定を聞いても良いかな?」
「はい。ご迷惑でなければ、この後は領内でいつも通り行商をさせていただきたいと思います。一応の予定では今日は領内の村を回って、明日隣の領地に旅立つこととしていますね。もちろん今回の件についてお役に立てることがあればお手伝いさせていただくつもりですし、多少予定を変更することもできますので、その際は言っていただけたらと思います」
「承知した。私としてもあまり無理を言うつもりはないが、そうだな……よかったら商売の際にここの村人の避難所に立ち寄ってくれないか? 避難所は私の館のあるエルダ村の外れだ。場所は近くに行けば分かる。彼らはいきなり追い立てられてしまったから、いろいろと入り用になっていると思う」
「承りました。ちなみに避難した方々はもうしばらく留まらせるので?」
「ああ。一時的にここに物を取りに来るくらいは許そうと思うが、まだまだゾンビが出てくる恐れがあるからな。今日明日で周囲を兵士や領内の若者達に探索させて、それで問題なければ、という感じになるだろうな」
「承知いたしました」
その後、メノアとアルフレッド、リリヴィアはやや遅めの昼食を食べてから、カルネル男爵の要望通りに村人の避難所に向かうのだった。
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物語世界の小ネタ:
貴族の爵位について、この国(アインダルク王国)では身分が高い順に公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵の5段階になっています。
基本的に爵位は世襲制ですが、功績があれば上の爵位へと昇格し、不祥事があれば下の爵位へと降格または剥奪されて平民になります。
平民でも大きな功績を上げれば叙爵されて貴族になることもあります。
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