第16話 再出発

——リンド村にて————————————————————————


 カルアとアセロラによる錬金術修行の翌日。

 今日は隣街イーラで起きたリッチ騒動の件から3日後、つまりイーラギルド長のエルガーから来るように言われている日である。

 エルガーと話をしたあと、そのまま魔王退治の旅に出る予定のため、今日が旅の出発の日でもある。


 アルフレッドは旅の支度を整え、現在はリリヴィアの家で出発前の打ち合わせを行っていた。

 アルフレッド、リリヴィアの他にエリック、アセロラ、ポプラらリリヴィア一家がその打ち合わせに参加している。


 「じゃあ、魔王退治の旅について目的や課題をまとめるぞ」

 「OK、じゃんじゃん行きましょう」


 アルフレッドとリリヴィアが話し、エリック、アセロラ、ポプラは一先ず聞き役に徹する。


 「まず、旅の最終目的は魔王グリードの討伐」

 「言うまでもないわね」

 「そのための手段として、西隣のツヴァイレーン帝国に行き、魔王討伐の軍に参加する」

 「軍に参加するのが一番の近道みたいだからね。仮に参加できなかったら私達だけで魔王の領地に潜入して倒すことになるわね」

 「リリ、俺としてはそういう無謀すぎることはやりたくないんだが」

 「私とアルなら大丈夫よ!」

 「大丈夫じゃねえよ……まあ、いい……続けるが、基本的に討伐軍に参加して、その作戦の中で魔王を討伐する方針で行く。その方針で進めていくうえで課題になるのが……」

 「情報収集と私達の冒険者ランクね」

 「情報収集については追々やっていくとして、冒険者ランクも上げておかないと、いざ討伐軍に参加するときに相手にされない可能性がある。まあ、低ランクだと足手纏いとみられても仕方ないからな」

 「つまり、旅の道中で依頼をこなしてランクを上げる必要があるのよね。討伐軍で主力になれる可能性があるのはAランクとBランクね。Cランクからでも入れるかもしれないけど、あまりいいポストは期待できないと。別に偉くなりたいわけじゃないけど、後方の雑用係なんてのは避けたいわね」

 「まあ、そういうことだな。旅の道中で可能ならBランク、少なくともCランクには昇格しておきたい。 ……この辺りはイーラのギルドに行ったときに、大きな依頼がないか聞いてみよう」

 「まあその辺りは大丈夫でしょう。Cランクになるのは結構大変らしいけど、大きな依頼を熟していけばそれなりに早く昇格できるし。そこまで急ぐ旅じゃないから多少時間がかかったとしても問題ないわけだし」

 「そうだな。あと必要な物については思いつくのは用意したし、他にあったとしても道中の街や村で揃えれば良いし。それ以外になにか思いついたこととかあるか?」

 「一つあるわ。私の<ステータス>についてだけど、偽装することにしたから」

 「偽装?」

 「見た方が早いわね。ほら」


 リリヴィアは冒険者証に<ステータス>を表示してアルフレッドに見せる。

 アルフレッドが見てみると、リリヴィアのレベルが〖Lv100〗ではなく、〖Lv40〗となっている。

 また各スキルについてもいくつかのスキルが無くなっており、残っているものもレベルが下がっている。


 「〖隠密〗のLv10で使えるスキルに〖鑑定偽装〗っていうのがあるのだけど、それをこの冒険者証に組み込んで偽の<ステータス>を表示させているのよ。私自身も旅の間は常に〖鑑定偽装〗スキルを発動して、誰かに鑑定されてもごまかせるようにしておくわ」

 「何でそんなことを?」

 「理由は目立ちすぎて旅に支障が出るのを避けるためよ。あまり強い力やスキルを持っていると、国や貴族なんかが利用しようとして寄ってくるかもしれないから、レベルを低く見せて目を付けられそうなスキルは隠すことにしたの」


 リリの言葉が終わるのを待って、アセロラが補足する。


 「アル。リリが言っていることは実際に起こり得ることでね。リリヴィアの次元魔法や神聖魔法のように、空間系や回復系のスキルなんかは特に権力者から目を付けられやすいのよ。実際にそういう便利なスキル持ちを見つけると、囲い込んで外に出さないようにする人は珍しくないわ」

 「なるほど。そういう厄介な人間の目をごまかさないといけないんですね」

 「そういうこと。もちろんよほど悪質なところでない限りは、それ相応の待遇で迎え入れられるから、働く先としては悪くないけれど……行動を制限されて自由な移動ができなくなるから、冒険者なんかもやっていられなくなるわね。勧誘もうざいし」

 「了解です。ちなみに、冒険者証の<ステータス>を偽装するのは……」

 「まあ、よろしくはないわね。でもバレなければ問題ないわ」

 「了解です。こうなったら隠し通しましょう」


 よろしくないどころか、冒険者証の偽装は重大な罪に問われ、露見すれば最低でも懲役は免れず、その場合アルフレッドも共犯として捕まりかねない。

 だが彼は「冒険者なんかもやっていられなくなる」と言われて、それ以上追及するのをやめたのだった。


 「他には何かあるか?」

 「では俺から一つ」


 今度は今まで聞き役に徹していたエリックが口を開く。


 「まあ、あえて言う必要もないかもしれないが、レベル上げだな。アル。お前のレベルは第一線で戦うには低すぎる」

 「うぐっ!」

 「一般的な目安として、Aランク冒険者は〖Lv50〗以上、Bランク冒険者も〖Lv40〗以上はあると言われている。気合と根性があれば何でもできる、とはいえレベルが高い方が有利なことは変わりないのだから、旅の途中で依頼を受ける際はレベル上げの面も考えておいた方がいい」

 「了解です。アドバイスありがとうございます」

 「あたしからも一つ聞いていい?」

 「何が聞きたいんだ? ポプラ」

 「アルとお姉ちゃんは2人で旅するわけだけど……この先仲間は作らないの?」

 「いや、信頼できる人がいればだけど、できるなら大勢仲間に引き入れていきたいと思っているぞ」

 「えー……別に私達2人だけで十分でしょ。あとは適当に討伐軍とか利用すれば」

 「いやいや利用って……味方は多い方がいいに決まってるだろ。まあ、魔王退治なんて酔狂に付き合ってくれる物好きがそうそういるとは思えないから、本当にできればだけど」

 「……分かったわ」

 「?」


 ポプラは少し間を置いて返事をし、アルフレッドは彼女の様子が少し気になるも、あえて確かめることもないか、と流して打ち合わせは終了する。


 打ち合わせが終わり、アルフレッドとリリヴィアはリンド村のギルドや村長を含めた何人かの知り合いに旅立ちの挨拶をした後、ついに出発する。


 「イーラには既に転移ポイントを設置しているわ。場所はイーラのすぐ近くの森の中よ」

 「準備がいいな。ま、よろしく頼むよ」


 こうしてイーラに一瞬で到着した2人はギルドに向かうのだった。


——イーラにて—————————————————————————


 そのころ、イーラギルド長、エルガーは自分の執務室でアルフレッドとリリヴィアの資料を眺めて、考え込んでいた。

 彼はリッチ騒動の後、長年の勘から2人について調べておくべきと判断し、情報を集めて確認していたのである。

 そして調べた結果、2人……特にリリヴィアの実力を知り、あることを考えていた。


 「……こいつらを魔王討伐の援軍に入れた方がいいんじゃないか……」


 実は彼らが所属するアインダルク王国は魔王討伐を行う予定なのだ。

 正確に言えば、魔王討伐を行っている西隣のツヴァイレーン帝国に対し、援軍を送ることを決めている。


 アインダルクとツヴァイレーンは昔から関係が深く、お互いに助け合う間柄だったため、ツヴァイレーンが魔王に苦戦しだすと、アインダルクも様々な支援を始めた。

 最初は軍資金の借款、次に食糧や武器の提供ときて、今度は援軍を派遣することになったのである。


 エルガーのところにも、国の上層部から「優秀な冒険者を派遣するように」と命令が来ており、彼はイーラ周辺の地域から数人の冒険者を選定して送らなければならなかった。

 そして冒険者の人選にあたり、アルフレッドとリリヴィアをその援軍に含めるかどうかをいま考え込んでいるのである。


 (……普通に考えれば、この2人はまだ早すぎるよな。……だが、魔王討伐にはリリヴィアみたいな規格外が必要……ただ優秀ってだけで討ち取れる相手じゃないし……)


 エルガーは有能なギルド長であった。

 普段から脅威になりそうな存在や冒険者の力量に関する情報を集め、また部下の力量を把握して無茶な仕事は振らない。

 今回の国からの派遣命令についても、魔王の脅威度や冒険者の力量を基に慎重に人選を検討していた。


 (魔王は単体でも軍に匹敵するAランク、それに部下もそれに近いのが数体、Bランク、Cランクもかなりの数がいて、大国ツヴァイレーンの軍隊ですら苦戦しているときている。 ……この国から援軍を送り込んだとしても苦戦するのは変わらんだろう。)


 魔王との戦いは厳しそうである。


 (冒険者は兵士と比べて魔物と戦い慣れているとはいえ、そこらの冒険者を送っても、下手すると無意味に死なせるだけになりかねない。冒険者は軍での行動には慣れていないし……)


 エルガーは責任感が強く、国の命令でも無駄に犠牲を増やすような真似はしないのだ。


 (……魔王軍との戦いで冒険者に求められているのは、ほぼ単独で上位の魔物を仕留められるだけの実力だ)


 戦争のような、数千~数万規模の集団戦に関して言えば、冒険者などよりも国の兵士の方が何倍も上である。

 せいぜい数人~数十人くらいでしか戦わない冒険者より、普段から集団戦の訓練に明け暮れている国の兵士の方が集団での連携や戦術の面で優れているのはいうまでもない。


 仮に魔王軍が単純に数を揃えれば勝てるような相手であったならば、兵士を集めればよく、冒険者など不要なのである。

 なぜ魔王軍との戦いで冒険者が必要とされているのか、それはつまり数を揃えただけでは勝てない強敵がいて、その強敵に対処する戦力として冒険者が必要だということである。

 ……だがしかし、「ほぼ単独で上位の魔物を仕留められる冒険者」というのは、それほど多くない。


 (……であれば、若くても単独でドラゴンゾンビを仕留められるリリヴィアは入れておくべき……いや、経験が浅すぎるし、そもそも上のお偉いさんが、リリヴィアのことを理解できるか? ……もし理解されずに戦力外と思われて、重要な局面で外されたりなんかしたら目も当てられない……)


 エルガーはそうではないのだが、この世界の多くの人間は冒険者の実力をランクで判断しているため、そのランクが低いというだけで見向きもされずに、冒険者が不当な評価を受けることは意外とよくあるのだ。


 (……今のタイミングで魔王討伐の援軍に入れるのは危険か? 2人の実力についても未知な部分が多いし、経験を積ませて様子を見るべきか?)


 そうしてエルガーが悩んでいると、部下の一人がやってきて、アルフレッドとリリヴィアが来たことを報告したのだった。




————————————————————————————————


 物語世界の小ネタ:


 この世界では〖鑑定〗スキルの対策がいろいろと研究されていまして、〖鑑定〗スキルを遮断したり結果を偽装したりするスキルや魔道具が存在します。

 そのため人間相手だと、〖鑑定〗スキルの信頼度はイマイチだったりします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る