第15話 錬金術の修行

 錬金術の概要説明の後、アルフレッドとポプラに対し、引き続きカルアによる錬金術の授業が行われていた。


 「こういう魔道具は魔術回路が肝心だよ。魔力が通る細い線をいくつも通して、どの線に魔力を通すか、通さないか、その組み合わせで命令を伝えるんだ。どんなに複雑な命令も、結局この通す・通さないの2択を何度も掛け合わせることで実行している」

 「「はい」」


 魔術回路とは魔法を使う際に魔力が通る細い道のことであり、人間や魔物の体内にも存在する。

 魔法スキルを使う際にも体内の魔術回路に魔力が流れることで発動するとされており、また魔道具もそこに組み込まれた魔術回路に魔力を通すことで動いている。

 そのため、基本的に魔道具の動きは魔術回路で決まり、魔術回路を解析すれば大部分の仕様が分かる、とカルアは説明して、さらに授業は続く。


 「ここに引いた1本の線を魔術回路とするよ。1本だけだと、有・無の2通りしか伝えられないよね」

 「「……はい」」

 「もう1本、線を追加して2本線にすると、何通りの命令を伝えられるか分かるかい?」

 「……それぞれの線が2通りずつ命令できるので、合計4通りです」

 「正解だよ。アル。ではもう8本ほど追加して、全部で10本にするとどうだい?」

 「……20じゃないな。えーっと……」

 「……2を10回掛け合わせるから……1024通り、です」

 「ポプラ、正解だよ。線を増やせば伝えられる命令の種類も増える。そしてその命令ごとに発動する魔法を組み込むんだが、そのためには~」


  ・

  ・

  ・


 ……1時間後


 「魔術回路のここが命令を判定するところ、こっちが与えられた命令に沿って魔術を行使するところ、そしてここが命令を一時的に記憶しておくところで、ここが~」

 「……? はい?」

 「なるほど……」


 次第に難しくなっていくカルアの授業に、アルフレッドはだんだんついていけなくなっていく。

 ポプラの方はきっちり理解できているようで、納得顔で頷いている。


 「この回路を仕込んだ場合、どんな魔道具ができるか、当ててごらん」

 「……?? ええーっと……」

 「数を数えて計算する回路だから、そろばんとか?」


 カルアの問いに、アルフレッドは答えられず、ポプラが答えた。


 「ポプラ、正解だよ。アルがまだ分かってないようだから、ポプラが分かったことを説明してみな」


  ・

  ・

  ・


 ……さらに1時間後


 「2人に課題として、簡単な魔道具を作ってもらうよ。この羊皮紙に魔力を通すと文章が浮かび上がるようにすること。浮かび上がる文章の種類は10種類以上で合格にするよ。さあ、やってごらん」

 「??? まず、ここに回路を作って……いや、こっちの方を先にした方がいいか?」

 「……お婆、もう一枚羊皮紙もらっていい?」

 「ああ、いいよ。ほら」


 出された課題に対し、アルフレッドはどうしたらいいか分からないといった感じで頭を抱えているが、ポプラは少々悩んだ後、何かを思いついたのか羊皮紙を追加でもらい、そこに線を書き込んでいく。

 しばらくして、まだほとんど着手できていないアルフレッドが、ふとポプラの方を見ると、彼女の方は課題の魔道具をほぼほぼ作り終えていた。


 「すごいなポプラ」

 「ふふん。お婆、できたわよ」

 「どれどれ、うん。きちんと課題の条件を満たしているね。 ……動きも問題ないし、合格だ」

 「……ポプラ、なんかコツとか教えてくれない?」

 「コツっていうか、こういうのはいきなり作り出すんじゃなくて、別の紙に図面みたいなものを書くのよ」


 ポプラはそういってアルフレッドに自分が書いた魔道具の設計書を見せる。

 そこには簡略化した線や図面が書かれ、さらに条件文や結果の動きなどの補足説明が記されている。


 「おお、分かりやすい。これがあったら俺も作れそうな気がする」

 「ポプラのように、設計内容を紙に書くってのは大事だよ。複雑な魔道具になるととてもじゃないが、人の頭の中だけで考えつけるものじゃないからね。そうやって書き出せば、頭の中も整理できるし、後になって作りの確認もできるのさ」

 「なるほど。すみません、カルア婆さん、俺にも羊皮紙一枚ください」

 「ほらよ。分かっているだろうが、ポプラの設計をそのまま真似しちゃ駄目だからね」


  ・

  ・

  ・


 ……そしてさらに1時間後


 「できた! 今度こそできましたよ。カルア婆さん!」

 「ふふ、よしよし。今度は不発になったり、文章が崩れて読めなくなったりしていないね。いいだろう。合格だ」


 アルフレッドは2回ほどの不合格を経て、ポプラからアドバイスをもらったりしてついに合格をもぎ取ったのだった。


 ちなみにアルフレッドは、年下のポプラに勉強で負けていることや彼女に教えてもらうことについて、一切気にしない。

 なぜならポプラもリリヴィアと同様に非常に頭がよく、アルフレッドはとっくの昔に追い越されてしまっているからである。

 勉強で勝てないのは今更なため、もう一切気にしない。


 「よし、2人ともここからは私が教えるわよ」


 それまで後ろで静かに見守っていたアセロラが2人の前に出て授業開始を宣言し、カルアと交代する。


 「私が今日教えるのは付与魔術よ。武器や防具に魔力を纏わせて一時的に強化したり属性を付与したりする技術があるのは知っているでしょう? 付与魔術と錬金術を組み合わせることで、強力な魔剣とかより特殊な魔道具が作れるようになるわ」

 「「は、はい」」


 そうして今度はアセロラによる授業が始まる。

 物に魔力を纏わせるコツ、素材と属性の相性、錬金術との組み合わせ方等の説明が続けられる。


 ……それから2時間後


 「これから課題として、2人には自分の武器を改造してもらうわ」

 「「え?」」


 アセロラから2人に課題が出された。


 「アルは剣、ポプラは槍、これをそれぞれ魔剣、魔槍に改造すること。具体的な能力は任せるけど、実用的なものじゃないと認めないから」

 「アセロラ師匠! 魔剣は確か、職人が最初に剣を鍛えるときに魔術回路を仕込むのでしたよね? 店で買った通常の剣を後から魔剣にすることは可能なんですか?」

 「まあ、やり方次第ね。馬鹿正直に剣に直接魔術回路を埋め込もうとすると、剣は確実に壊れるから。そこは上手く工夫しないとダメよ。2、3本ダメにするくらいの気持ちでいろいろ試しなさい」

 「あの、俺の剣は今日買ったばかりでまだ新品でして……壊れると困るというか、貯金も使い果たしてしまっていまして……」

 「ああ、それは大変だねえ。絶対、失敗できないよねえ」

 「はい。なので、ちょっとそれ用の剣を貸してもらえたら……」

 「ダメ。失敗できないなら1発で成功させればいいのよ。っていうか、ナイフもあるじゃない。よかったわね。1回は失敗できるよ」


 アセロラは笑いながらアルフレッドの要望を却下し、彼は買ったばかりの剣を実験台にすることになった。


 ちなみに魔剣や魔槍といった魔法武器の作成はかなり高度な技術であり、知識はもちろん技術と経験も相当な水準が要求される。

 素材に魔術回路を仕込んで鍛え上げるのだが、魔術回路はミリ単位での正確さが求められるうえ、戦闘で破損することがないよう、かつ効率的に運用できるように緻密な計算の上に作り出さねばならない。


 つまり、どういうことかというと、今日初めて教わった者にやらせるには難しすぎるのである。


 (このままじゃ、買ったばかりの剣を自分で壊すことになりかねない……だがアセロラ師匠のこの様子じゃ絶対やらされるし……どうすれば……)

 「ねえ、アル。お互い協力しない? 私も武器を失くしたくないし」


 悩んでいるアルフレッドにポプラが声をかける。


 「ポプラ。協力はありがたいが、具体的にどうする?」

 「まず、素体になる剣や槍に魔術回路を正確に仕込む魔道具がいると思うのよね。私達は職人じゃないから剣や槍に正確に仕込むのは無理だと思う」

 「確かに……」

 「となると、必要なのは……」


 アルフレッドとポプラはその後30分ほど話し合い、そこから2時間ほどかけて補助用の魔道具を作り、さらに3時間かけて自らの武器を改造した。


 完成したときは既に深夜といっても良い時間だったのだが、ここにそれを気にする人間はいない。

 こと魔法に関してアセロラは凄まじい熱意を持っており、弟子や娘への指導にも一切手を抜かないのである。


 具体的には、空腹になると「食事が不要になる薬」、眠くなると「睡眠が不要になる薬」、集中力が切れ始めると「集中力を強制的に持続させる薬」など、修行のために開発した様々な薬を飲ませ、不眠不休で修行を続けさせるのだ。


 アルフレッドは、過去に7日7晩不眠不休で魔術の修行をさせられたことがあり、アセロラの修行は彼女が満足するまで決して終わらないことを知っている。

 ポプラも似たような経験があるので、10時間以上休みなく勉強が続いたとしても弱音は吐かないのである。

 ついでにカルアもアセロラと同類なので、不眠不休の強行軍での指導を当然のように見守っている。


 「……では、2人とも完成したところで、それぞれの武器の説明をしてもらおうかしら。まずはアルから」


 「はい。俺の剣には「耐久力強化」と、風魔法〖ワールウィンド〗を付与しています。剣に魔力を貯めておくことで、その魔力を用いて耐久力を強化し、また魔力を流すと、攻撃の際に風属性魔法〖ワールウィンド〗を発動します」


 「よろしい。次にポプラ」


 「はい。あたしの槍には「耐久力強化」と、風魔法〖ウィンドカッタ―〗を付与してる。耐久力強化についてはアルのものと同様で、また魔力を流すことで風魔法〖ウィンドカッタ―〗が発動して、私の場合は槍の穂先から風の刃を発生させるわ。」


 「よろしい。では次は2人とも性能試験よ。模擬戦形式で私と戦ってもらうから」

 「2人ともよく頑張ったね。私も模擬戦まで見物させてもらうよ」

 「「はい」」


 4人は建物から外に出て模擬戦形式の性能試験を実施し、魔剣、魔槍の性能に問題がないことを確かめた。

 そしてアセロラが合格と言ったとき、アルフレッドはポプラと一緒に喜び合ったのだった。


 ちなみにこの日の修行で、魔剣化した【鋼の剣】は【風の下級魔剣】と名前が変わり、アルフレッドの<技能スキル>のうち、〖魔力探知〗、〖魔力制御〗の2つのレベルが1ずつ上がっていた。




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 物語世界の小ネタ:


 この世界ではジョブが【魔法使い】などの魔法職でなくても魔法自体は使えます。

 魔力は皆持っているものなので、魔力の制御や魔法スキルを学べば、【剣士】や【格闘家】でも魔法を使えるのです。


 ただし、物理職は魔法職に比べて<MP>などの魔法関連のステータスが低くなりがちなうえに習得もしづらいので、魔法メインで戦うことは難しいです。

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