第14話 新装備そして錬金術

——村の武具店にて———————————————————————


 翌日の朝、アルフレッドは村の武具店を訪れていた。


 「うーん……」

 「まだ決めてないのか? なにに悩んでんのか、言ってみろ」


 アルフレッドは、店の中に並べられた鎧を見ながら唸っていると、筋骨隆々で熊のような体格の、いかつい初老の男が話しかけてくる。


 「ガントさん、新しい鎧についてなんですが、今まで使っていたのと同じ革鎧にするか、それとももっと別の鎧にするかで迷っていまして、何かアドバイスとかあります?」

 「ふん。まあ、結局お前の好みや適性次第なんだろうが……そうだな。その2択なら、別の鎧にしたらどうだ?」

 「ふむ。ちなみにその理由は?」

 「ああ、確かに今までと違う鎧を着たら立ち回りの勝手が違ってたり、なんて不安もあるが、お前はまだ冒険者になったばかりだろ。いろいろな装備に手を出して、本当に合うやつを探した方がいいんじゃないかと思ってな」

 「なるほど」

 「ちなみに、お前は確か【斥候】だったな」

 「はい。さらに言えば、俺の場合は戦い自体より、偵察とかの情報収集の役割が増えてくるんじゃないかと思っていまして……鎧はなるべく軽くて動きやすく、目立たないものにしたいと思っています」

 「じゃあ、こっちの……これなんかはどうだ。【鎧蜥蜴の鱗鎧】だ」


 差し出されたのは、なめし革で作った服の上に黒い鱗を敷き詰めるように貼り付けて作られた鎧である。

 鱗はわずかに光沢があり、表面の肌触りも滑らかで、かつそれほど目立たない落ち着いた見た目でアルフレッドの好みにもあっている。

 試しに試着してみると、思ったよりも軽く、また関節部分の動きも問題ない。


 (うおーっ! めちゃくちゃいいぞこの鎧! これに決めた!)

 「気に入ったか?」

 「はい! あと同じ素材の小盾や兜はありますか?」

 「あるぞ。盾は手に持つんじゃなく、腕に着けるタイプだよな?」

 「はい」

 「ほらよ」

 「ありがとうございます。それから剣とナイフは」

 「お前が使ってた剣と、大きさや重さが近いやつを何本か見繕ってやったぞ。ナイフもな。切れ味については、あっちに巻き藁を用意したから試し切りしてみろ」

 「ありがとうございます。早速試し切りしますね」


  ・

  ・

  ・


 「剣とナイフはこれでお願いします」

 「まいど。代金は【鋼の剣】、【鋼のナイフ】、【鎧蜥蜴の鱗盾】、【鎧蜥蜴の鱗鎧】、【鎧蜥蜴の鱗兜】で合計4千2百セントだな」

 「……ギルドに行って、お金おろしてきます」


 こうしてアルフレッドは新装備一式を購入した。

 新装備のお値段は、前日の【毒竜白花】採取での素材の売却やその前のリッチ騒動の報酬などを含めて、彼がこれまで稼いで貯めた金額と、ほぼ同額だった。

 もっとも素材の売却については、ヒュドラなど一部の売却金がまだ入っていないのだが。

 とにかく冒険者の装備はお金がかかるのである。


——村の薬屋にて————————————————————————


 昼になり、アルフレッドは村の薬屋を訪れていた。


 「じゃあ、これから授業を始めるよ」

 「「よろしくお願いします」」


 建物の奥の部屋で、黒いローブに三角帽子を被ったいかにも魔女っぽい風貌の老婆が授業開始を宣言し、アルフレッドとポプラが答え、アセロラが黙って見守っている。

 ここにいるのは御伽噺に出てくる魔女……ではなく村の薬屋カルアとアセロラ、ポプラそしてアルフレッドの4名。


 前日の食事会での話の通り、錬金術の修行をこれから開始するのである。

 まずは座学から始まるらしい。


 「まず錬金術とは具体的には何だと思う?」

 「はい。魔法を使って、薬や魔道具を錬成する技術のことです」


 カルアの問いにアルフレッドが答える。

 そしてその様子をアセロラは静かに見守っている。


 「まあ、間違いじゃない。だがより正確に言えば、より優れたものを作り出す学問さ。まず物体の性質を理解して、次にどうすればより優れたものに改良できるかを研究して、結果として世間で言われている魔法薬や魔道具といった類のものを作り出すんだ。改良する過程で魔法を使ったりするわけだが、魔法の他にも熱したり冷やしたり……あるいは他のものと混ぜたりなんかもするよ。固定観念や思い込みは錬金術の大敵だから、よく注意しなさい」

 「そうなんですか」

 「リリのように常識に囚われずに思い切り行動する子が将来大成するかもしれないね。ところで、あの子がまた新しい薬を作ってアルに試したと聞いたけど、どうだった?」

 「あの【ナイトメアEX】ってやつはダメです。効果は大きいですが、飲むと呪いにかかって幻覚を見ました。あれは絶対、法律で取り締まるタイプの薬です。ダメ! 絶対!」

 「おや、そうかい。呪いを薬に仕込むなんて面白いと思ったんだがね……まあ、そうやって何でもかんでも試すのが上達の近道だよ。天才なんて呼ばれる錬金術師は大体皆、喜々としてそういう実験をしては騒ぎを起こして、国から目を付けられているからね」

 (……よし。錬金術師には近づかないようにしよう)

 「お婆もそんな実験してるの?」

 「私も若いころは結構、いろいろやったよ。ポプラ。例えば生物の体毛からそいつと全く同じ姿の生物を作り出す実験とかね。実際に魔鼠の毛から新しい魔鼠を作って発表したら、国のやつら、禁忌だなんだと騒いで研究を禁止しやがった。まったく……次は人間でやりたかったのに」

 (思ったよりやばいことやってた!)

 「良く捕まらなかったわね……っていうか、それ改良とか関係ないんじゃない? 錬金術って言えるの?」

 「ふふっ、そういうところがまだまだなんだよ。魔物なんか全身が素材だろ。魔物を作り出せば好きなだけ素材が採れるし、さらに人間も増やせるなら人体実験だって、やりたい放題だろう? 実用化すれば錬金術の研究がどんどん進むってわけだ。 ……だというのに禁忌だの倫理だの言っているから、この世は発展しないんだよ」

 ((この人、めちゃくちゃヤバイ人だった!!!))

 「まあ今は手慰みに、魔道具の研究をやっているくらいかね。ゴーレムってあるだろ。土や金属に魔法をかけて命令通りに動く人形を作るやつ。私の場合は生活で使う道具に魔法をかけて、一人でに動く道具を作っている。一番新しいのはこれだね」

 「「……大鍋?」」


 実はマッドサイエンティストなカルア婆さんは部屋の隅に置いていた大鍋を指さした。

 大鍋は人間が余裕で入りそうなくらい大きく、見た目は正に御伽噺に出てくる魔女の大鍋である。

 鍋の側面にいくつかのボタンがついており、車輪付きの台座に乗せられている。

 大鍋なのでおそらく薬の調合に使うものと思われるが、一人でに動くようには見えない。


 「お婆、これが動くの?」

 「そうだよ。まあ動くといっても歩き出すわけじゃない、この大鍋に魔術回路を組み込んで、簡単な料理や調合が出来るようにしているんだよ。ちょっと動かしてみよう。見ていてご覧。ああ、そこの椅子を持ってきて足場にしたら中を覗けるだろ」


 カルアは大鍋の側面にあるボタンの一つを押した。

 そのボタンには「水」と書かれてある。


 「「鍋の中にいきなり水が出てきた!?」」


 次にカルアが別の、「沸かす」と書かれたボタンを押した。


 「「鍋の水が熱湯になった!?」」


 その後カルアがいくつかの薬草を入れ、「【ポーション】生成」と書かれたボタンを押した。

 すると、ブゥーンという音とともに大鍋の中の水が勝手にかき回され、薬草が溶け出し、5分くらいで【ポーション】と思われる液体が出来上がった。


 「出来たよ。鑑定してみな」

 「「〖鑑定〗」」


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<名称>:ポーション

<説明>:一般的な回復薬。

     飲むと体の傷を癒し、<HP>を回復する。

     回復量は小瓶1本分で50程度。


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 「「本当に出来てる!」」


 「こっちにはめ込んだ石に魔力を込めて、ここのボタンで操作するわけだね」


 この大鍋は全自動で調理・調合を行うハイテク器具だった。

 通常、ポーションを生成する場合、手作業で細かい粉末状にした薬草をお湯に溶かして熱しながら均等にかき混ぜるのだが、この大鍋は手作業全くなしで、ただ材料を入れてボタンを押すだけで作れてしまうらしい。


 とても田舎村の薬屋が手慰みで作るレベルの代物ではない。

 なおこの世界の文明レベルは、地球で言うなら中世ヨーロッパレベルといったところである。

 そんな世界で現代レベルのハイテク機器を作れるカルア婆さんは、完全に規格外の存在といって良い。

 アルフレッドとポプラが、大鍋の凄まじい性能を目の当たりにして固まっていると、


 「2人には、この仕組みを理解してもらうよ。今日中にね」

 「さあ、2人ともこっちに来なさい。具体的な仕組みの説明を始めるから」


 カルアとアセロラがそう言ったのだった。




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 物語世界の小ネタ:


 カルア婆さんがゴーレムと言って研究しているものは、人工知能で動く一種のハイテク機器です。


 この世界の文明レベルは本文でも書いた通り中世ヨーロッパレベルですが、魔法や錬金術があるので、現実の中世にはなかった技術や産物が存在しています。(いわゆるナーロッパ)

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