第1章 旅立ち

第5話 第1回魔王退治会議

——故郷の村リンドにて—————————————————————


 地方都市イーラでリッチ討伐を行った日の夜、アルフレッドとリリヴィアはお互いの両親を交えて今後の計画を練っていた。

 場所はアルフレッドの自宅で、そこにいるのは、以下の6人。


 リリヴィア  :

  【勇者】で【転生者】な暴走娘。

  魔王退治がやりたい。

  通称リリ。


 エリック   :

  リリヴィアの父。

  38歳。

  元Aランク冒険者の村人。

  アルフレッドとリリヴィアの剣の師匠。

  リリヴィアと同じく村最強格。


 アセロラ   :

  リリヴィアの母。

  37歳。

  元Aランク冒険者の村人。

  アルフレッドとリリヴィアの魔法の師匠。

  リリヴィアと同じく村最強格。


 ジョニー   :

  アルフレッドの父。

  35歳。

  ごく普通の村人。

 

 アンナ    :

  アルフレッドの母。

  35歳。

  ごく普通の村人。


 アルフレッド :

  平凡な駆け出し冒険者。

  リリヴィアと一緒に魔王退治に行くと決めた。

 

 アルフレッドは村に帰ってきた後、すぐに自分やリリヴィアの両親に声をかけて合同の家族会議を開催した。

 お互いの両親に声をかけたのは、親の了解を得るため……ではなく、リリヴィアの暴走をできるだけ抑えて、少しでも旅を安全なものにするためである。

 残念ながら、両親達は既にリリヴィアに説得されてしまっており、魔王退治を止める者はいなかった。


 「それにしても、とっくに旅立っているものと思っていたのに、こんなにすぐに戻ってくるとは思わなかったぞ。まあ別にいつ戻ってきても構わんが」

 「父さん、俺は無理やり連れ出されただけだったの! 結局魔王退治には行くことにしたけど、それならそれで色々準備が要るんだよ」

 「大変ねぇ」

 「他人事みたいに言わないでくれよ。母さん……」


 密かに両親が反対したり、心配してもらったりすることを望んでいたアルフレッドだったが、両親は全く何の心配もせず、好きにしなさいよ、という態度だった。

 2人とも信じられないくらい頭がユルいのである。

 まあ、それでも何かアドバイスでももらえたら、と思っているが彼の両親は全く役に立ちそうにない。


 「エリック師匠。なんか用意するものとか、心構えとかアドバイスありませんか?」

 「アドバイスならあるぞ。世の中は大体気合と根性でなんとかなる。難しいことは突撃してから考えろ」

 「……それでなんとかなるのは、あなたとリリだけです。ありがとうございました」


 リリヴィアの父、エリックも役に立ちそうにない。

 彼は昔から極端な精神論を唱えており、剣の修行においても2人に無茶な修行を課していた。


 例えば「崖から飛び降りろ!」と言ったり。

 あるいは、「今からお前に向かって矢を放つから、素手でつかみ取れ!」と言ったり。

 またある時は、目隠しした状態でグレーウルフ(Eランクの狼モンスター)と戦わせたり。


 何度死を覚悟させられたか分からない「気合と根性の精神」はこの場でもいかんなく発揮されていた。


 「アセロラ師匠。お願いですから、ご意見をお聞かせください」


 アルフレッドは最後の望みをかけてリリヴィアの母、アセロラに意見を求める。

 もし彼女からも有用な意見をもらえない場合、魔王退治はもはや地獄行きの片道旅行と化す。

 何の準備もなしに魔王と戦うなんてもはや自殺行為である。

 リリヴィアはなんとなく勝ちそうな気がするが、自分が生き残れるとは思えない……


 「とにかく、情報集めが大事よ。今度またイーラのギルドに行くんでしょ? あそこのギルド長に今の状況なんかを聞いた方がいいわよ。それと西の帝国の首都リウヘルムにも寄った方がいいわね。あそこなら情報もいっぱい集まるだろうから。作戦を立てようにも情報を集めてからじゃないと無理だろうし」


 どうやら、アセロラはまともな意見をくれそうである。

 アルフレッドは目を輝かせながらアセロラの言葉をメモに取った。


 「イーラギルド長のエルガーさんは情勢に詳しい方なんですか?」


 アセロラから少しでも多くの情報を得なければならないため、早速質問する。


 「エルガーさんは10年位前までBランク冒険者でね。彼、面倒見がいいから結構部下や冒険者から好かれているのよ。それだけに人脈もあるから、少なくとも他の人よりは詳しいと思うわ」

 「そうだったんですね。分かりました。西のツヴァイレーン帝国の軍隊は以前、魔王に打ち破られたと聞いたことがあるんですが、今の戦況とか分かりますか?」

 「私もあまり詳しくはないけど、今はパーロンド辺りで膠着状態じゃなかったかしら。あぁ、パーロンドは帝国の中のかなり西側にある都市で、要塞都市と呼ばれるくらい防御が固いことで有名よ。たしか魔王軍も攻めあぐねていると聞いたわ」

 「なるほど」


 ツヴァイレーン帝国(帝国とも呼ばれる)とはアルフレッド達の生まれたアインダルク王国の西隣に位置する帝国で、大陸最大の大国である。

 そこと膠着状態ということは、魔王軍の軍事力は帝国とある程度拮抗している、とみることが出来る。

 それがいいことかどうかはさておき、人類が全く対抗できていないわけではないらしい。


 「帝国はこの先どう動くか分かりますか? 例えばしばらく防衛に徹するとか……一気に攻め込もうとしているとか……」

 「あくまで噂だけど、腕の立つ冒険者を大勢抱え込んでいると聞いたから、またすぐに大きな戦いがあるんじゃないかしら。攻めるか守るかまでは分からないけど」

 「じゃあ、今すぐ帝国に行けば、魔王軍との戦いに参戦できるってこと?」

 「リリ、国がお抱えにするのは一般的にBランク以上の上級冒険者だけよ。まあ、Cランクくらいからでも戦いには参加できるのかもしれないけど、あなたはまだFランクよね。今すぐ帝国に行ってもまず相手にしてもらえないわよ」


 冒険者の社会的地位はランクによって決まるといってよい。

 AランクやBランクであれば、国や貴族からも一目置かれ、相応の待遇が約束されるが、EランクやFランクだと良くて半人前、悪ければゴロツキ扱いされてしまうのだ。

 実力、実績がランクに直結する職業なだけに、そのランクが低いうちはなかなか認めてもらえないのである。


 アルフレッドとリリヴィアはリッチ討伐の件でエルガーから昇格を約束されてはいるが、昇格したとしてもEランクか、良くてもDランクあたりが妥当である。

 Cランク以上が参戦するボーダーラインということであれば、さらにランクを上げる必要がある。


 「一応、私達は昇格させてもらえることにはなっているけど、さすがにCランク以上にはなれないでしょうね。……手っ取り早くランクを上げる方法ってないかしら?」

 「ランクを上げたいなら、大きな依頼をこなすことだ」


 リリヴィアの質問にエリックが答える。


 「大きな依頼って、例えばどんな?」

 「例えば【毒竜白花】の採取だな。今日その依頼が村のギルドに来てるんだが、受けてみないか? Cランクに昇格するには難易度の高い依頼もこなして実績を積まないといけないから、丁度いいと思うぞ」

 「あの、エリック師匠……【毒竜白花】の採取って、確かCランク以上の冒険者じゃないと受けられないと思うんですが……」


 エリックの提案に対してアルフレッドが指摘した。

 実は冒険者はランクによって受注できる依頼の幅が異なる。

 これは実力の足りない下級冒険者が、身の丈に合わない依頼を受けて死亡することを防ぐためで、いまだFランクから昇格できていないアルフレッド達は、簡単なものしか受けられないようになっている。

 【毒竜白花】の採取はかなり危険な部類の依頼として知られており、彼らが受けようとしても受付で止められるのは目に見えていた。


 「安心しろ、アル。実は依頼のランク制限には抜け道があるんだ」

 (あっ、やべえ……これは修行で無茶をやらせるときの目だ……)

 「抜け道? お父さん、何か裏技があるの?」


 エリックの様子に不穏な気配を察知してアルフレッドは冷や汗をかくが、リリヴィアは面白そうに続きを促す。


 「うむ。簡単なことだ。受注資格がある冒険者と組んで一緒に受ければいい。向かいの家のキールがCランクだからあいつと一緒に受注するんだ。……まあギルドからはキールの指導あっての手柄だと見做されるだろうが、実績としてはしっかりカウントされる。高ランク向けの依頼を達成したという実績が作れるわけだから、普通に依頼をこなすよりも早く昇格できるぞ」

 「なるほど。先輩冒険者に引率してもらうわけですね」

 「その通りだ。アル。ちなみに言っておくが、このやり方は抜け道とは言ったが、決して規則違反なんかじゃないぞ」

 「あ、そうなんですか?」

 「そうだ。いくら『冒険者は何があっても自己責任』などといっても、未熟な若手に対して何のフォローもしないのでは後進が育たないからな。こうやって先達と組ませて若手に経験を積ませることで、冒険者のノウハウを覚えさせて成長させるわけだ。言ってみれば一種の研修みたいなものだ。ギルドもむしろ推奨しているやり方だ」

 「なるほど。じゃあほんとに何の問題もないんですね。正直安心しましたよ」

 「はっはっは。もちろんだ。【毒竜白花】のついでに魔物も討伐して素材をギルドに持ち込めばさらに良いな。大量の素材を運べるように【魔法の袋】も貸してやろう」

 (良かった。思ったよりまともだった)


 下手するとギルドに無断で突撃させられかねないと危惧していたアルフレッドは内心ほっとしながら礼を言い、さらに話を続けて依頼や魔王退治の旅に必要な道具類など、細部を詰めて会議は終了した。




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 物語世界の小ネタ:


 冒険者ランクごとの世間の評価について


 Fランク : 駆け出し、新人冒険者。 ※アルフレッドとリリヴィアは今ここ

 Eランク : 駆け出しを卒業したばかりの下級冒険者。

 Dランク : 一般的な冒険者。一人前。

 Cランク : ベテラン冒険者。新人の教官役を務めたりする。

 Bランク : 上級冒険者。一流。地方のトップクラス。

 Aランク : 超一流の冒険者。国のトップクラス。

 Sランク : 伝説級の冒険者。歴史に名を遺すレベルの偉業を成し遂げた冒険者。


 一般的な感覚として、F~Eランクが下っ端、D~Cランクが中堅、B~Aランクがトップクラス、Sランクはめったに現れない幻の存在といった感じです。

 Sランクはそれこそ数百年に1人くらいしか現れないため、実質的にはAランクが最高位となります。


 アルフレッドを含む普通の冒険者はだいたいAランクを目指しています。

 この世界では強さの個人差が大きく、普通の人からすればDランク当たりの一般冒険者でも十分化け物レベルの強さになります。

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