第60話 【大蟻戦争】カノーラ村までの道のり(sideリリヴィア)

——アルフレッドがカノーラ村に到着した頃、森の中にて——————


 時は少々遡る。


 リリヴィア達はアルフレッドを先に向かわせた後、カノーラ村を目指して森の中を歩いていた。


 森の中は様々な種類の木々や草花が生い茂っており、地面には木の根やら植物の蔦やらがあちこちに伸びている。

 歩くのは問題ないのだが走るときは気を付けていないとうっかり転びそうな地形だ。


 アルフレッドはそんな森の中をまっすぐ一直線に走ってカノーラ村に向かったわけだが、3人は無理をせずに比較的歩きやすい西寄りのけもの道を進んでいる。

 リリヴィアとメノアで2頭ずつ馬の手綱を持って歩き、子供のルールーは馬の背中に乗り、いろいろと話をしながら進む。


 「へえ、それじゃあルールーの村の人達は北のプルグムドライ連邦から移り住んできたのね」

 「うん。何十年も前のお話だけど、連邦で色々あって住めなくなったからみんなで移住してきたんだって」

 「プルグムドライ連邦って、確かいろんな種族が住んでいる国よね。獣人とかドワーフとか、私はまだ行ったことないけど、メノアさんは行ったことある?」


 移動し始めた当初、ルールーは家族や村の友人を心配してか顔が青ざめてしまっており、その様子を見かねたメノアがルールーの気を紛らわすためにいろいろと話しかけたのだ。


 最初は心ここに在らずといったルールーだったが、メノアの巧みな話術のおかげでいまでは大分落ち着いている。


 もちろん村のことは忘れてなどいないが、自分達の村のことをメノア達に話したりする程度には心に余裕が出来たらしい。


 「私もないわ。そのうち行ってみたいとは思っているけれど、なかなか機会がね。」

 「あのね、あたしのお父さんは行ったことあるって言ってたよ。村から北に向かって1日歩けば連邦に着くんだって」

 「へえ、意外と近いのね。 ……あ、メノアさん、ルールー、あっちに人の気配があるわ」

 「本当?」

 「本当よ、ルールー。何者かまでは分からないけど数は5人。あそこに見える大きな木の裏側にいるわ」

 「なら行ってみましょう。ルールーの村の人かもしれないし。リリ、悪いけど前を歩いてくれるかしら」

 「了解。2人は後ろからついてきて。離れすぎないように気を付けてね」


 村人ではなく盗賊の類だった場合も考慮し、戦えるリリヴィアを先頭にして3人は気配のある場所へ歩き出す。


  ・

  ・

  ・


 ……約10分後


 「やっぱり村人みたいね」

 「誰だ!?」


 気配のある場所に着いたリリヴィアがその場所に到着し、その目で確認するとそこには猫の獣人が男女合わせて5人いた。

 全員腕や足を怪我しており、その様子から魔物に襲われて逃げてきたということが分かる。

 リリヴィアに声をかけられた5人は武器を手に持ち、警戒した様子で誰何の声を上げる。


 「私はDランク冒険者のリリヴィア・ファーレンハイト。さっきカノーラ村っていう所が魔物の大群に襲われたので助けてほしいと頼まれて、いまそこに向かっているの」

 「頼まれてって、いったい誰から?」

 「ニールおじさん!」

 「ルーちゃん! 無事だったか!」


 リリヴィアが簡単に自己紹介しているところに後ろから来たルールーが声を上げ、5人のうちの1人、40代くらいの中年の男性が彼女に駆け寄る。

 どうやら予想通りルールーの住むカノーラ村の住人達らしい。


 「この人はニールさんっていうのね。ルールー、紹介してもらえないかしら」

 「うん。この人はニールさんて言って……」


 メノアがルールーに紹介を依頼し、それを受けてルールーは彼らをメノア達に紹介する。

 その後お互いに自己紹介しあった後お互いの状況を話し合う。

 そのついでにリリヴィアはニール達の怪我を回復魔法で治す。


  ・

  ・

  ・


 ……約30分後


 「怪我を治してくれたり、村を救おうとしてくれる気持ちはありがたいんだが……正直言って、いま1人や2人行ったところで何かできるとは……」


 一通りの情報共有が終わったところでニールが言いにくそうに口にする。

 村は既にキルアントなどの魔物の大群によって制圧されたと言っても良い状況であり、もはやどうにもならないと思ったため、彼らは村を捨てて逃げてきたのだ。

 そんな彼らからすると、リリヴィア達の行動は嬉しい反面、思わず止めたくなってくる。


 「心配してくれるのはありがたいけど、私達は大丈夫よ。蟻程度の魔物になんか負けないし、万が一危なくなっても逃げるくらいはできるわ」


 そうしたニール達の心配について、リリヴィアは大丈夫だと言い切る。

 実際、キルアント程度の魔物がいくら出てきたとしてもリリヴィアにとっては何の問題にもならないのだ。


 「なるほど。アンタ達が大丈夫だっていうのなら、そこは信用するとして……ルーちゃんも一緒に連れていくのか?」


 ニールはさらに踏み込んでルールーについて聞く。


 「うーん……ルールーはどうしましょうか。私の側に置いとくのが一番安全だから一緒に連れてきていたのだけど、村の人と合流できたわけだし、ここでニールさん達に預けても問題ないわよね? メノアさんどう思う?」

 「そうね……まずはルールー、あなたはどう思うの?」


 ニールの質問について、リリヴィア、メノアははっきりと決め切れず、とりあえずルールー本人の意見を聞くことにした。

 ルールーは非戦闘員でなおかつ子供であるため基本的に安全な場所に置くべきなのだが、結論を出す前に本人の意見も聞いておこうというわけである。


 「……あたし、戦う!」

 「? 戦うの? ただ付いていくだけじゃなく?」

 「うん、戦う!」

 「「「え!?」」」


 そうして聞いてみた答えに皆思わず絶句する。

 「ここにいる」とか「一緒に行く」とかではなく、「戦う」だったのだ。

 守ってもらう気はないらしい。


 「えーと……ルーちゃん、ちょっと待とうか」

 「そうそう、危ないから。そういうのは大人に任せて、安全なところにいようね」

 「嫌! あたしも戦うもん!」

 「そんなわがまま言わないで。本当に危険だから」

 「そんなこと言って、村を見捨ててるおじさん達なんてきらい!」

 「ぐはあっ!?」

 「いや、しょうがないじゃない。勝ち目無いんだから! 無理に戦うよりもちょっと南の方に行けば別の村があるんだし、そっちに行って応援を頼む方がいいって」

 「その村まで行くのに何時間かかるの? その村の人達、私たちを助けてくれるの? そもそもその村に魔物の群れと戦う戦力あるの?」

 「ううっ……」


 ニールや彼と一緒にいた獣人のおばちゃんが宥めて引き止めようとするが、ルールーはいつの間にか覚悟を決めてしまったようである。

 説得しようとしても痛いところを突かれて返り討ちにあう始末。


 「ルールー、参考までに教えてほしいのだけど、あなたの<ジョブ>は何で職業レベルはいくつ?」

 「【狩人】の〖Lv3〗」


 今度はリリヴィアがルールーに話しかける。

 【狩人】は〖気配察知〗や〖隠密〗などの情報収集に長けた<ジョブ>だ。

 アルフレッドの【斥候】と大体同じで、戦闘職ではあるのだが戦いそのものよりも偵察や調査の方が得意なタイプである。


 「一応戦える職業なのね。でも〖Lv3〗は少し低すぎるわ。とてもじゃないけど戦わせられないわよ」

 「う、できるもん! 戦えるもん!」


 正面からはっきり戦力外通告を受けるがルールーは引き下がらない。

 口にする言葉は駄々をこねる子供そのものなのだが、目に強い意志が宿っている。


 「ふーむ……そこまで言うなら試してあげましょう。いまここで私と戦って、一発でも攻撃を当てられたら一緒に連れて行ってあげるわ。ダメならニールさん達と一緒にいること。いい?」

 「……分かった」

 「じゃあ成立ね。始める前にニールさん達には模擬戦やってる間、周囲の警戒をお願いしたいんだけど、いいかしら?」

 「ああ。そのくらいなら別にいいぞ。一応武器も持っているし、俺達でも鎧アリやキルアント1、2体くらいならなんとかなるし」

 「じゃあよろしく。ルールーには素手っていうのもなんだし、何か武器を貸すわ。……そうね、このナイフなんかどう? 捕まえた盗賊から没収したものだけど」

 「……」


 ルールーは黙ってナイフを受け取り、構える。

 メノアやニール、その他の村人達はリリヴィアとルールーから数メートル程度距離を取って2人を囲み、周りを警戒しつつルールーを見守る。


 「いつでもいいわよ。かかってきなさい」


 そしてそんな中でリリヴィアは開始を宣言する。


 「てぇい!」

 「よっと」


 ルールーが思いっきり突撃してくるのをリリヴィアはヒラリと避ける。


 「たぁ! てやっ!」

 「ふふ。その程度じゃ当たらないわよ」


 リリヴィアを追いかけてナイフを振り回すルールー。

 しかしリリヴィアはルールーの攻撃を全て余裕で躱し続ける。


  ・

  ・

  ・


 ……約10分後


 「はあ、はあ、まだまだ!」

 「息が上がってきたようね。躊躇わずに攻撃できる度胸は褒めてあげるけど、それだけじゃ勝てないわよ」

 「勝てるもん!」

 「ふふふ。だったらやってみなさい! 言っておくけど闇雲に振り回したって一生当たらないわよ!」


 ルールーが必死に攻撃し続けるがリリヴィアにはかすりもしない。

 リリヴィアの方は全く攻撃せず、ただ攻撃を躱し続ける。


 やろうと思えばいつでも反撃できるのだが、あえてせずに「相手の動きを予測して」とか「動きが大振りすぎる、もっと小さくまとめて」など楽し気にアドバイスまでしている。


  ・

  ・

  ・


 ……さらに約1時間後


 「ぜえ、ぜえ……」

 「そろそろ限界みたいね」

 「まだやれる!」

 「ねえ、横から口出しして悪いのだけど、そろそろ村に向かった方がいいんじゃないかしら。もう大分時間をかけてしまっているわ。村に向かったアルも心配だし」


 汗だくになりながら攻撃をし続けるルールーと相変わらず避け続けるリリヴィアに対して、メノアが模擬戦の切り上げを提案する。


 ちなみにこの時点でアルフレッドはオーガアントに追い詰められており、「もうそろそろ限界なんだが……」とリリヴィアの到来を待ち望んでいたりする。


 「それもそうね。ニールさん、カノーラ村まで行くのにここから歩いてどのくらいかかるかしら?」

 「ああ、えーっと、そうだな……だいたい30分くらいだと思う」


 アルフレッドはもうしばらく耐え忍ばなければならないらしい。


 「そう、ならあと10分にしましょう。ルールー、あと10分以内に攻撃を当てられなかったらあなたの負けよ。あなたが諦めないのは分かったけど、ずっと続けているわけにもいかないわ。いいわね?」

 「うう……」

 「なあリリヴィアさん。早く行かないと先に行ったっていう仲間の人が危ないんじゃないか? 10分といわず、今すぐ終わりにして急いで向かった方がいいと思うんだが」

 「……っ!」


 制限時間を設けたリリヴィア。

 それに対しニールは即終了して村へ急行することを提案する。

 実際、村ではアルフレッドがピンチなのでニールの言うことが正しい。


 ルールーは模擬戦の切り上げについて慌てて何か言おうとするが、村の救援について急がないといけないことも分かっているため、結局何も言わず押し黙る。


 「アルなら大丈夫よニールさん。そう簡単にやられはしないわよ」


 しかし、リリヴィアはアルフレッドのことを全く心配していなかった。


 「それならいいんだが、村は今ものすごく危険だぞ。蟻の魔物が何百体もいてだな……」

 「あ、それなんだけど、少し状況が変わってるみたいよ。村には数十体しか魔物はいないわ」

 「え、そうなの?」

 「ええ。実は少し前から〖気配察知〗スキルで村があると言われた辺りの様子を探ってるんだけど、大分数が減ってるみたい。倒されたのか移動したのかは分からないけど」

 「アルが無事かどうかは分かるかしら?」

 「アルについては、はっきりとは分からないわね。〖隠密〗スキルで気配を消しているみたい。ついさっき気配が現れたんだけど、今はまた消えてるわ。たぶん家か何かの物陰に隠れてるんでしょうね」


 リリヴィアの〖気配察知〗スキルは最大の〖Lv10〗であり、数キロメートル離れた村も索敵圏内なのだ。

 しかし、あくまで生物の位置や大まかな強さが分かるだけであり、具体的な状況までは掴めない。

 さらに〖隠密〗スキルで気配を消されると知覚できないため、リリヴィアからするとアルフレッドの状況については分からず、推測するしかないのだ。


 「それは大丈夫なのかしら?」

 「メノアさんも心配性ね。このくらいの危険だったら日常茶飯事よ」

 「すごい日常だね……」


 しかしそれでもリリヴィアは全然心配しない。

 なぜならアルフレッドはこれまで何度も死にかけながら、なんだかんだで生き残ってきたのだから。

 そんな生活が日常と聞いてニールが顔を引きつらせる。


 「さーて、おしゃべりはこのくらいにして模擬戦再開よ! かかってきなさいルールー。それとも終わりにする?」

 「ええい!」

 「大分動きが良くなってきたわね。でもまだまだ当たってあげられないわよ」


 その後10分という制限時間いっぱいまで模擬戦が続けられ、しょんぼりしたルールーを慰めてニール達に預けた後、リリヴィアとメノアは4頭の馬の手綱を引きつつ移動を再開する。

 彼女達が村に到着するのは結局アルフレッドと別れてから3時間近く経った後だったという。




————————————————————————————————


 物語世界の小ネタ:


 カノーラ村の住民はもともと別のところから移り住んできたため、他の村と比べて外部との関りが薄いです。


 メノアも今回の騒動に巻き込まれるまでカノーラ村の存在を知りませんでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る