第37話 【不死教団】死霊騎士との戦い2

 アルフレッド達が茂みの中に隠れているころ、ガストンの方は自身の状態を確認しつつ歩いていた。


 (光はただの目晦まし、膝の傷も人間であれば歩けなくなっていただろうが、私はアンデッドゆえに多少の損傷は無視して動ける。 ……実際に歩いてみた感じからしても戦いに大きな支障はないだろう)


 (〖気配察知〗スキルに引っかかっているのは女商人のみ。少年の反応はないが、護衛である以上は彼女を攻撃すれば姿を現すはず。あるいは不意を突いてくるか。いずれにしてもそこを迎え撃つ)


 彼はただ闇雲に歩いているわけではない。

 〖気配察知〗スキルでメノアの位置を把握しており、アルフレッドの襲撃を警戒しつつそこに向かっているのである。

 

 「でぇい!」

 「む!」


 メノアの気配のある場所にガストンがあと数m程の距離まで近づいたとき、近くの茂みの中からアルフレッドが飛び出して斬りかかるが、元々警戒していた彼は盾で受け流す。

 

 「たあっ! はっ!」


 最初の斬撃を受け流されたアルフレッドだが、そこで止まらずさらに追撃を放つ。


 (戦いに勝つためには、俺が奴に勝っている部分で勝負しなきゃならん! 俺が勝っているのは……)


 アルフレッドの<ステータス>は全ての項目で負けている。

 <素早さ>だけは唯一互角と言えなくもないが、これも僅差で負けており、勝っているわけではない。

 スキルについても〖剣術〗スキルについていえば、ガストンの方が僅かに上。

 体感時間を引き延ばす〖思考加速〗、瞬発力を引き上げる〖瞬動〗に加え各種察知系スキルや〖回避〗を発動した上で慎重に動くことで、かろうじてその差を埋めている状況である。


 「甘い!」

 「うぐっ」


 アルフレッドの剣がやや大振りになった隙にガストンは蹴りを入れる。

 あまり力の乗っていない蹴りだったがアルフレッドの体勢を崩すには十分であり、間髪入れずにガストンの反撃が始まる。


 袈裟懸けに振り下ろされる剣を紙一重で躱し、急いで体勢を整えたアルフレッドは続けざまに振るわれる剣に狙いを定める。


 「〖鉄斬り〗!!」


 キンッと高い音が鳴り、折れた剣先が宙を舞った。


 (よし! まずは武器破壊成功! 剣の質だけは俺が勝っていたからな)


 ガストンの使っていた【鋼の剣】はあくまで一般的な性能の武器であった。

 それに対してアルフレッドの使う【風の下級魔剣】は元々普通の【鋼の剣】だったのだが、錬金術の修行の際に魔剣に改造している。

 魔力を込めることで剣の耐久力が上昇する仕様であるため、普通の剣よりも頑丈なのである。


 「……見事というべきだろうな。だがこれで勝ったとは思わないことだ」

 「次はその首斬り飛ばしてやるよ!」

 「闇魔法〖ダークボール〗、〖回し蹴り〗!」


 ガストンは折れた剣を捨てて〖闇魔法〗や〖格闘術〗のスキルを繰り出す。

 どちらも〖剣術〗ほどではないにせよ、十分実戦で使えるレベルである。


 (闇魔法で牽制して〖格闘術〗で仕留める感じの戦い方か。これなら……)


 ガストンの攻撃を捌きつつダメージが通りやすい〖鉄切り〗で反撃する。

 これならギリギリ何とかなりそうだ、とアルフレッドが思ったとき———


 「闇魔法〖ダーク〗」


 ———ガストンの魔法によって辺りが暗闇に包まれた。


 (やばい! 何も見えない! いま攻撃が来たら死ぬ!)


 アルフレッドは考えるが早いか横っ跳びに跳ぶ。

 直後、彼が着ている鎧をガストンの攻撃が掠める。

 どうやら間一髪で躱せたらしい。


 〖ダーク〗は暗闇を作り出す魔法で、〖ライト〗の闇魔法版とでも言うべきスキルである。

 〖ライト〗と同様に攻撃力は皆無なのだが、相応の魔力を込めることで煙幕代わりに使えるのだ。


 ガストンは〖ダーク〗を発動させると同時に装備者の気配を消す【隠密の指輪】を発動していた。

 アルフレッドは暗闇の中でガストンの攻撃が見えたわけでも、気配と感じ取ったわけでもなかった。

 ただ、直感でその場に留まっていたらマズいと感じて動き、その結果運よく回避できたのだ。


 (気配も全然感じ取れない…… どうしよう、やばい!)


 アルフレッドは〖思考加速〗スキルによって引き延ばした時間の中で懸命に打開策を模索する。


 (〖魔力感知〗も反応なし。〖危険察知〗はここら一帯が全部危険って感じで細かい攻撃は分からないし……詰んだか? いや待て! たしか……)


——回想開始 数日前のオーク討伐にて——————————————


 「カムさん、よく後ろ向きで森の中を走れますね!」

 「ははっ、〖魔力探知〗の応用だ。魔力を周囲に飛ばして、反射してくる魔力を感じ取って地形や障害物を調べる技法があるんだよ。〖ソナー〗って呼ばれている。———」


——回想終了——————————————————————————


 「これだあーーーっ!!!」


 アルフレッドは即座に〖ソナー〗を発動する。

 実は彼はオーク討伐で教えられた後、何回か〖ソナー〗を練習していたりする。

 まだ実戦で使ったことこそないものの、多少は自分の物にできていた。


 〖ソナー〗を発動すると反射してくる魔力が周囲の様子を伝えてくる。

 伝えられた情報によると、人間大の何かが近づいてくるのが分かった。

 それと併せて〖危険察知〗スキルがより詳しい危険を察知する。


 (これは間違いなくガストン! この動きだと来るのは〖回し蹴り〗か!?)


 ガストンの攻撃を感じ取ったアルフレッドはすぐに回避と反撃に移った。


 「〖跳躍〗……〖鎧通し〗!」

 「ぐぬ!?」


 ガストンの攻撃を跳んで躱し、空中から貫通力の高いスキル〖鎧通し〗を、全体重を乗せて放つ。


 「魔剣能力発動! 火魔法〖ファイアボール〗!」

 「ぐぅっ」

 

 仕留め切れていないと感じたアルフレッドはさらに追撃し、刺した剣を引き抜いて再び距離を取る。

 〖ダーク〗によって作り出された暗闇は既に晴れていた。

 これは術者のガストンがダメージを受けたことで、集中力が乱れて魔法を維持できなくなったためである。

 アルフレッドの剣はガストンの左肩に刺さっていたらしく、鎧の左肩部分には大きな穴が開いている。


 (よし、手応えあり! 危なかったけど、これで大分有利になったはず)


 アルフレッドは相手の状態を確認する。


  「〖鑑定〗」


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 ・

 ・

 ・

<HP> :232/350

<MP> :104/170

 ・

 ・

 ・


---------------------------------------------------------------------------------


 (タフ過ぎだろ!? これだけやっても1/3くらいしか削れてなかった!)


 ガストンはアンデッドであるため、斬られても出血しない。

 さらにその体は魔力によって動くため、人間であれば動けないような大怪我を負っても無理やり動けてしまうのだ。

 そのため、体の損傷に対しては生身の人間よりも強いのである。


 ……左腕もまだ動かせるらしく、盾を構えている。

 肩を負傷したことで片腕が動かせなくなった、などということもないらしい。


 「本当に強いのだな。その若さで、まるで熟練の戦士と相対しているようだ」

 「お褒めいただきありがとうございます。認めてくれるんなら、襲撃なんて止めて帰ってくれるとありがたいんですが……」


 褒めるガストンに対しアルフレッドは「もう止めにしない?」と言いたげな表情で返事をする。


 「ははは、まさか! 少年よ。君は強者だ。私が全てを懸けて戦うに足る! 行くぞ!!」


 ガストンの体からどす黒いオーラが溢れ出し、感じる魔力の圧力が急激に高まる。


 「え? ここでパワーアップするの!? こっちは既にギリギリで綱渡り状態なんですけど!?」

 「別にパワーアップというわけではない。ただ<ステータス>の数値が5割増しになるだけだ!」

 「紛うことなきパワーアップじゃねえかっ!! ただでさえ全部の数値で負けてるのに、さらに差が広がるわけ!?」

 「代わりに理性を失い、<HP>、<MP>が減り続けることになる。 ……それが我が教団が作り出したアイテム【呪鬼の宝珠】の効果だ。まだ実験段階ゆえ、戦いが終わった後に理性が戻るかどうかは分からんがね」

 「やばい隠し玉持ってた!」

 「これは使う気はなかったが、このままではジリ貧だからな。敬意の証とでも思ってくれ!」

 「いや、ちょっと待って」

 「そろそろ理性も無くなりそうだ……少年よ、見事私に打ち勝って見せろ!」


 ガストンはそう言うと黙り込み、アルフレッドの問いかけに答えなくなった。


 「……〖鑑定〗」


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<名前> :ガストン・オーズ

<種族> :デス・ナイト

<ジョブ>:死霊騎士Lv23/60

<状態> :狂乱(大)、全ステータス上昇(大)、HP減少(中)、MP減少(中)

<HP> :230/350

<MP> :102/170

<攻撃力>:240(160)

<防御力>:172(115)+70

<魔法力>:150(100)

<素早さ>:181(121)

 ・

 ・

 ・


---------------------------------------------------------------------------------


 確認するとガストンには【呪鬼の宝珠】の効果がきっちり現れていた。

 せめてもの救いは既に<HP>、<MP>の減少が始まっていることと、装備が破損した分だけ補正値が下がっていることだろうか。


 「ちくしょおー!」


 アルフレッドはガストンとは反対方向にある、自分達の馬車を目指して走り出した。


 (こうなったら、逃げるしかない! 逃げてガストンが自滅するのを待つ!)


 ガストンが追いかけてくる。

 <素早さ>の上昇している分、明らかにアルフレッドより早く、距離がどんどん縮まっていく。


 アルフレッドは走る方向を変えて街道脇の林の中に入り、木々を盾にするように走り回る。

 彼のすぐ後ろでは追いついたガストンが拳を振り回して攻撃してくるが、アルフレッドは振り返ることなくその全てを紙一重で躱し続ける。


 理性を失ったガストンの攻撃は大振りで単調なのだが、とにかく速かった。


 (〖ソナー〗の練習をしていて良かった! いちいち振り向いて確認していたらとっくに殺されてる)


 ガストンが前に回り込むが、アルフレッドは滑り込むようにガストンの脇の下から潜り抜ける。


 「アル、こっちは準備できたわよ!」


 そこへ突然メノアが声をかける。

 彼女はアルフレッドが戦っている間に馬車に回り込んでいたのだった。


 「了解! メノアさんは馬車から離れて! すぐにそっちに行きますから!」

 「分かった!」


 メノアは馬車から離れてアルフレッドとは反対方向に走り出し、アルフレッドは馬車に向かって走る。


 「グォオォー-!」


 そしてアルフレッドの後をガストンが追う。


 「くそっ! 逃げ切れん……」


 馬車まで後10mくらいというところで、アルフレッドはガストンの方を振り返り、壊れた小盾を構えた。

 本当は馬車に着くまでに一度振り切りたかったのだが、狂暴化したガストンの方がずっと素早いため、振り切れないと判断したのである。


 「グォオォーー!」

 「げふっ!」


 アルフレッドはガストンの拳を受けて馬車まで吹き飛んだ。


 「あ、あぐ……」


 吹き飛ばされたアルフレッドはかろうじて生きていた。

 壊れていたとはいえ小盾で受けたことと、拳が命中した瞬間に後ろに跳んで衝撃を逃がしたおかげだった。


 左腕は折れて、ついでに肋骨も数本折れたが、今のガストンの攻撃力を考えると死んでもおかしくないので、これは幸運というべき結果である。


 アルフレッドは痛みを無視してすぐに立ち上がると、メノアに頼んで用意してもらっていた縄を手に取った。

 ガストンは既にこちらに向けて走ってきている。


 「光魔法〖ライト〗」

 「グォ!?」


 理性を失った状態でも目晦ましは有効らしい。

 ガストンが怯んだ隙に、アルフレッドは手に取った縄を投げる。

 縄の両端には拳大の石が結び付けられており、片方の石を振り回すように数回回転させて勢いをつけた後、縄が右からガストンに巻き付くように投げたのだった。


 縄はアルフレッドの狙い通りガストンの両腕と胴体を拘束するように巻き付く。

 一本の縄をガストンに巻き付けて自由を奪うと、それを振りほどかれる前に別の縄を手に取る。

 そうして全部で5本の縄をガストンの全身に巻き付けて転倒させたのだった。

 その後、アルフレッドはポーションを飲みながら諭すように言う。


 「元々の作戦じゃ、その縄を巻き付けた後、振りほどかれる前に俺が行ってあんたを倒す予定だったんだけどな。このまま自滅するのを待たせてもらうぜ。今のあんたの頭じゃ、縄を解くことなんてできないだろ。冷静さを失ったら、勝てる戦いにも勝てないぜ」


 狙ってやったわけではないが、5本の縄は全てが上手い具合に絡まっており、理性を失ったガストンではもはや解くことが出来ない状態になっていた。

 加えて縄には耐久力強化と魔力吸収の魔法が付与してあるため、ガストンがいかに足掻いても拘束を抜け出すことはできず、戦いは終了したのだった。




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 物語世界の小ネタ:


 アンデッドは魔力で動いているので、魔力を失うと動けなくなります。

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