第44話 開拓村の厄介事

——開拓村村長オットーの家にて—————————————————


 「オットー、行商人のメノアさんが来たから連れてきた」

 「ああ。メノアさん、よく来てくれた。あなたが商売に来てくれているおかげでいつも助かってる」

 「こちらこそ毎度ご贔屓にしていただいてありがとうございます。オットーさん」


 ダリオと一緒に家に入ると中にいた開拓村の村長オットーが待っており、メノアに対して明るく挨拶をする。

 彼は身長190cm前後、手足も太くて熊のような巨体で、おまけに顔は強面だが、威圧感はない。

 豪快な印象を受ける人間だった。


 また家の中は殺風景で飾り気がなく、家具なども見るからに安物っぽい物ばかりだ。

 当然だが、開拓村の生活はそれほど余裕があるものではないらしい。


 「オットー、商売の話をする前に、まずは今の状況をメノアさんに説明したいんだがいいか?」


 ダリオはアルフレッド達をテーブルに案内しつつ、オットーに確認を取る。


 「そうだな。ダリオ、説明頼む。メノアさん、とりあえず水でも飲みながら聞いてくれ」

 「ありがとうございます」


 オットーはそう言ってコップに水を注いでメノアに差し出す。


 「そっちの2人は……」

 「あ、俺たちは護衛なので結構です」

 「それよりも話の方をお願い。村に入った時からずっと気になっているの」

 「分かった」


 オットーはアルフレッドとリリヴィアにも水を勧めようとしたが、護衛だと知ると無理に勧めず、新しく手に取っていたコップを引っ込める。

 理由はカルネル男爵家での夕食会の時と同じで、護衛は相手側から出された飲食物は口にしないものなのである。


 「じゃあ、話を始めるぞ」


 そして、ダリオが軽く咳払いをして村の状況を説明し始める。


 「単刀直入に言うと、今この村は盗賊に狙われている。この前村の近くで不審な行動をしていた奴らを見つけてな、声を掛けたら襲ってきたんで、捕まえて取り調べたんだ。その結果そいつらは盗賊団の一員で、村を襲うための下見をしていたことが分かったんだ」

 「まあ……」


 それは災難ね、とでもいうようにメノアがため息をつく。

 だがはっきり言って想定の範囲内なので、それほど驚くことはない。

 この村は明らかに外敵に備えるように外を警戒していた。


 この辺りでその外敵として考えられるのは魔物か盗賊くらいなので、盗賊に狙われていることくらいは簡単に予想できていたのだ。

 なので、メノア達は特に口を挟むことなく話の続きを聞く。


 「捕まえた奴らから吐かせた内容によると、村を狙っているのは【赤獅子盗賊団】という名前の盗賊団で、規模は100人程度。リーダーはリオーネという名前らしい」

 「盗賊が100人……随分大所帯なのね」


 続けて話された内容には少し驚く。

 盗賊団の規模については想定外だったのだ。


 彼女らが暮らしているアインダルク王国において盗賊はそこそこの数が存在しているのだが、100人もの大人数で行動することは滅多にない。

 なぜなら盗賊は言うまでもなく犯罪者であり、常に兵士から追われている立場だからである。

 下手に大人数で動けばそれだけ巡回する兵士に見つかりやすくなり、ひいては捕まるリスクも大きくなる。


 そのため、この国の盗賊は数人~十数人程度の人数で国の目が届きにくい山野や人気のない街道などに出没するのが常なのだ。

 ちなみにこの国は比較的治安が良いため、他国と比べると盗賊の数自体が少ないというのもある。


 「ああ。それが本当だとすりゃ、リオーネっていうリーダーはそれだけの実力があるんだろうさ。100人のならず者をまとめ上げて配下にする統率力と、その人数を率いて国の捜査から逃げられるだけの狡猾さがあるってことだ」


 オットーが腕組みをしながら自身の見解を述べる。


 「他に分かっていることが2つある」


 ダリオがさらに説明を続ける。


 「1つ目はこの【赤獅子盗賊団】が俺たちのいるアインダルク王国と隣のツヴァイレーン帝国との間を行き来しながら活動していること。ここはほとんど国境地帯と言っていいからな。少し西に行けばツヴァイレーンの領土だ。アインダルクから追われたらツヴァイレーンに逃げ込んで、ツヴァイレーンから追われたらアインダルクに逃げ込むわけだ。国の兵士は国境を越えて他国に行くことはできないから、そうやって捕まらないようにしているわけだ」


 ここが国境地帯であるということも盗賊団の捕縛を難しくしている要因らしい。

 盗賊を捕縛している兵士は当然国に仕える軍人であり、勝手に国境を越えてしまえば国際問題になる。


 そのため例え目の前に盗賊がいたとしても、国境を越えて隣国に逃げ込まれてしまえば、それ以上追うことはできない。

 これは盗賊以外の犯罪者に対しても同様で、国境の近くは治安が悪くなりやすいのである。


 「なるほど。国境を跨ぐことで国の討伐隊を躱しているわけね」

 「2つ目は【赤獅子盗賊団】が潜伏している場所。これも捕まえた奴らから吐かせた。今はそれが本当かどうかを確かめるために、うちの奴らを偵察に向かわせているところだ」

 「居場所まで分かっているんですか!? 手際良いですね!」


 それまで黙って聞いていたアルフレッドが感想を漏らす。

 既に潜伏場所まで自白させたらしい。

 どんな取り調べ方をしたのか分からないが、アジトの場所まで自白させたのは大したものである。


 「ふっ。実は俺、現役の頃はよく盗賊狩りをやっていてな。自慢じゃないが、盗賊の相手は慣れているんだよ。拷も…ううん、尋問のやり方もその時に覚えたのさ」

 (((今、拷問って言おうとした!)))


 オットーは腕を組んだまま胸を張って答える。

 自慢じゃないと言っているが、その様子は自慢しているようにしか見えない。

 【赤獅子盗賊団】は盗賊退治の専門家に喧嘩を売ったらしい。


 「それじゃ、そのアジトの確認が出来次第、こっちから仕掛けるの?」

 「いや、攻め込むには敵の数が多すぎる。この村で戦えるのは20人くらいしかいないからな。100人相手に下手に挑んでも囲まれるだけだし、俺達と入れ違いに向こうが村に攻め込んできたらアウトだ。だから基本的には村に立てこもっての防衛戦だな」

 「なるほど」


 リリヴィアの問いにオットーは慎重な答えを出す。

 彼はあくまで村を守る立場なので、村を危険に晒してまで盗賊の殲滅に動くことはしないのである。


 仮に盗賊が村に攻め込んできたならもちろん戦うが、彼らが村の襲撃を諦めてどこかに去っていくというのであれば、敢えて戦う必要はないというのが今のオットーの考えだ。


 「村の状況はだいたいこんなところだ。盗賊なんかにやられる気はないが、100人って人数は正直言って厄介だな。少しばかり手が足りん」

 「メノアさん。貴女には世話になっている。俺達としてはもちろん、貴女のこともできる限り守るつもりでいるが……身の安全を保障できるかどうかは正直言って微妙なところだ。なので、その辺りのことを踏まえて慎重に行動してほしい」


 説明を終えた後、ダリオとオットーは揃って弱音を口にする。

 元冒険者である2人はそれなり以上の強さを持つ強者であり、盗賊程度に後れを取るとは思わないのだが、それでも一度に戦える数は限られている。

 彼らが敵の一部と戦っている間に、他の敵が村の内部に入り込んできたなら、とてもではないが守り切れない。

 数というのはそれだけで脅威であるため、安易に大丈夫だとは言えないのだ。


 「分かりました。ご忠告ありがとうございます。ところで、商売の許可はいただけると思ってよろしいので?」

 「それはもちろんだ。こっちとしては買いたい物や売りたい物が色々あるからな。商売してくれるならありがたい」


 メノアが商売の許可を願い出たことにオットーはやや意外な様子で答える。

 実をいうと彼はメノアが商売を中止して引き上げてしまうことも覚悟していたのだった。


 オットーとしてもメノアの人格を信頼しているし、それなりに良好な関係を築けているとも思っているのだが……彼女との関係はあくまでビジネス相手でしかなく、彼女には身を危険に晒してまで村の防衛に協力する義理はない。


 彼女の身の安全を保障できない以上、商売を中止して引き上げると言われてもそれを責めることはできず、まして協力を無理強いすることもできない。

 なのでメノアが商売を行うと言ってくれることはオットーとしては非常にありがたいことだった。


 「それであれば商売させていただきますわ。それと私の身の安全に関してですが、この2人はとても頼りになる護衛ですので、そこまで気を遣っていただかずとも何とかなると思っています」


 メノアは心配そうな表情をしているオットーに2人を紹介する。

 

 「こちらの2人は今回の行商で雇った冒険者で、リリヴィアとアルフレッドというのですが、彼等は大変優秀で、ここに来るまでの道中でも魔物や盗賊から私を守ってくれました。私がここにいる間に仮にあなた方が心配するような事態が起きたとしても、2人が守ってくれると信じています」

 「いやいや、それほどでも……」

 「ふふん」


 メノアの言葉にアルフレッドは頭を搔きながら照れ笑いし、リリヴィアは胸を張ってドヤ顔を決める。


 「そうか。だったら安心だな」

 「まだ若いのに、優秀なんだな。 ……何にせよ、商売をしてくれるというなら助かる」


 オットーもダリオも安心した様子で嬉しそうに言う。

 彼女がただの同情や自己犠牲の精神で留まるのであれば、襲撃されたときに取り返しがつかない事態となり得る。

 しかしいざというときにきっちり身を守れるだけの戦力を確保しているのであれば、オットー達としてもそこまで心配せずに済むのである。


 「もしもできることがあれば遠慮なく言ってください。微力ながら協力いたしますので」

 「ありがたい。成り行きによっては頼むかもしれん。その時はよろしく頼む」


 続いて出されたメノアからの申し出にオットーは礼を言い、それから商売に関する話に移るのだった。




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 物語世界の小ネタ:


 この世界において、村を襲う盗賊は意外と少ないです。


 なぜなら村人の中にも引退した冒険者だったり元兵士だったりと戦える人はそれなりにいるため、少数だと返り討ちに遭う危険も大きいからです。


 そんなわけで【赤獅子盗賊団】のような大規模の盗賊団でない限り、だいたいは街道を通る旅人や行商人などを狙っています。

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