第43話 開拓村

——開拓村近くの街道にて————————————————————


 カルネル領でグノム達を倒した翌日、アルフレッド、リリヴィア、メノアの3名は馬車で次の目的地に向かっていた。

 辺りは小高い丘になっており、その丘を登るような形で敷かれた街道を3人が乗った馬車が進んでいる。


 「もうすぐ開拓村に着くわよ」

 「そういえば、その開拓村って名前とかは付いていないんですか?」


 目的地に近づいてきたことを知らせるメノアにアルフレッドが聞く。


 「正式な名前はまだ付いていなかったと思うわ。あと何年かして村の運営が軌道に乗れば国から正式な名前が付けられるはずだけど、今は暫定的に村長の名前を取ってオットー村って呼ばれているわ」

 「オットー村ね。どんな所なのかしら?」


 今度はリリヴィアがメノアに聞く。


 「2年くらい前から新しく開拓を始めた所で、オットー・ランデルっていう元冒険者の人が中心になって開拓を進めているわ。この前行った時の印象だとまだまだ人は少ないし、やることが多くて大変そうだっただけど、それでも活気があったわね」

 「冒険者を引退して開拓ですか。いいですね、そういう暮らし」


 冒険者は確かに夢があり実力次第でかなり儲かる職業でもあるのだが、一方で命の危険も大きいため一生続けられるものではない。


 例えばリリヴィアの両親も未だ実力は衰えていないにもかかわらず、子供が出来たことをきっかけに冒険者を引退した。

 Aランク冒険者であっても常に死と隣り合わせの危険な仕事であるため、結婚や妊娠あるいは怪我や病気など、何かのきっかけで引退して新たな人生を歩み始める者は多いのである。


 「確かに田舎でセカンドライフってのも悪くないけど、開拓って大変らしいわよ。普通は故郷に帰って田畑を耕すとかなのに、よくやる気になったわね」

 「確かに大変だけど、成功すれば貴族になれるし、開拓した村も領地として所有できるのよ。もちろんそうなるのに何年もかかるうえに途中で失敗する人も多いけど、一度貴族になれたら子孫に領地を残せるわけだから、挑戦する人はそれなりに多いわ」


 アルフレッド達が住んでいるアインダルク王国では未開拓の土地が多く存在しており、国の生産力を向上させるために開拓を奨励しているのだ。

 開拓に成功した者を貴族に取り立てるというのもその政策の一環だったりする。

 しかし開拓は大変なため失敗することも多い。

 何がそんなに大変かというと……


 ・とにかく不便。(ライフラインが整備されていないうちは特に)

 ・家の建設、道や田畑の整備などで多くの人手と物資が必要……つまりとにかく金がかかる。

 ・重労働の作業が多い。

 ・暮らしの環境が整っていない上に医療状況もよろしくない。

 ・魔物の襲来がある。(未開拓地のほとんどは魔物の生息地だったりするため)


 といった感じである。

 現実にはこれらの問題が原因で借金まみれになる者や人間関係でトラブルを起こす者、あるいは開拓途中で死亡する者などがそれなりにいるのである。


 「それで、そのオットーさんの開拓は上手くいきそうなんですか?」

 「まだ何とも言えないわね。ただ村の人達も気の良い人が多いし、オットーさん自身も面倒見が良くて人望あるから、希望は持てるんじゃないかしら。ほら、見えてきたわよ」


 丘の坂道を登り切ったところで前方に高さ2メートルほどの柵に囲まれた集落が見える。

 その集落がオットーの開拓村らしい。


 村を囲む形で木製の柵と門があり、門の前に門番と思しき2人の男が武器を持って立っている。

 そして門の向こう側には物見櫓のような建物もあり、弓を持った男が見張っている。


 「何か、ずいぶん警戒されているような……」

 「ここって、いつもこんな感じなの?」

 「いや……前に来たときは見張りなんていなかったし、雰囲気ものどかな感じだったわ。何かあったのかしら」


 村に近づくにつれて村人達の様子も次第に伝わってくるのだが、どうにも警戒されているらしい。

 門番の2人は近づいてくるアルフレッド達を睨みつけるように注視しており、片手で武器の柄を掴んで身構えている。

 武器を抜いてこそいないが、場合によっては斬り合いも辞さないという気迫が伝わっている。

 明らかに臨戦態勢であった。


 「とにかく、彼らに話を聞いてみるわね」

 「気を付けてくださいね、メノアさん。これはたぶん良くないことが起きてると思います」

 「場合によっては戦いになることも考えといた方がいいわね。そもそもこのくらいの規模の村なら、普通は入り口に見張りなんて付けないわ。見張りを付けるのは魔物か盗賊かが出て、警戒しなきゃいけない時だけ。そしてこれはどう見てもその類よ」


——開拓村の門前にて——————————————————————


 そんなことを話しているうちに馬車は村の門に着き、メノアは馬車を止めて門番達に話しかける。


 「お疲れ様です。私は行商人のメノアです。これまでここで何回か商売をさせていただいていまして、今回も商品を持ってきたのですけど、入っても良いでしょうか?」


 メノアは門番の2人と面識がなかったので、一先ず簡単な自己紹介と用件を伝えて様子を見ることにした。


 「ああ、わざわざ来てくれて悪いんだが、少しここで待っていてくれないか。実は今、厳重警戒中でな。入れていいか村長に確認してくる」


 門番の1人がメノアに対して返答する。

 彼は口調こそ遠慮がちだが警戒は解いていない。

 不意に攻撃されても対応できるように一定の距離を保ったままであり、右手はやはり剣の柄を握っている。

 当然門も閉じたままである。


 「ええ、それは別に構いませんわ。ただ差し支えなければなぜそうなっているのか聞いてもよいでしょうか?」

 「じゃあ、待っている間に俺から説明するよ。お前は早く行ってこい」

 「ああ。それじゃ説明の方は頼むわ。そんなに長くは待たせないから」


 門番の1人が村長に報告に行き、その間にもう1人が説明するということになったとき、櫓の上にいた男が降りてきて、門の脇にある通用口から出てきた。


 「おーい、その人は通していいぞ。これまで何回も行商でお世話になっている人だから問題ない」

 「あ、はい。分かりました。すみません、メノアさん。問題ないってことなので、どうぞお通りください。すぐに門を開けますんで」


 門番達はその男の声を聞いて警戒を解き、門を開けるのだった。


 「ありがとうございます。門番さん。ダリオさんもありがとうございます」

 「悪いね。メノアさん。こいつらはまだ移住してきたばかりの新参なんだ。大目に見てやってくれ」


 ダリオと呼ばれた男は片手で髪をかきながらメノアに謝る。

 親しげな様子であり、どうやらメノアとも面識があるらしい。


 「いえいえ、謝る必要はありませんわ。お二人はお仕事の上で必要な対応をしただけですから。それに、何か事情があるようなので仕方のないことだと思います」


 ただしその事情は教えてくれますよね、とでも言うようにメノアはダリオを見る。


 「ああ、その辺も話さないとな。まずはオットーのところに行って、そこで話そう。俺も一緒に行きたいから馬車に乗っていいかな?」

 「もちろんですわ。ダリオさん。後ろの空いているところに乗ってくださいな」

 「ありがたい。それじゃ失礼するよ。ところでそちらの2人は護衛かい?」

 「ええ。今回の行商で雇った冒険者でアルフレッドとリリヴィアよ」

 「Eランク冒険者のアルフレッド・ガーナンドです。アルと呼んでください。よろしくお願いします」

 「Dランク冒険者のリリヴィア・ファーレンハイトよ。リリと呼んで。よろしく」

 「よろしく。俺はダリオ・マーズ。この村のメンバーの中じゃ古参の1人だ。ちなみに元冒険者でランクはCランクだった」

 「ところでダリオさん、事情の方はともかく開拓自体は順調に進んでいるみたいですね。前に来た時よりも家や畑が増えているみたいですし」


 村の中は簡素な家や小屋が並んでおり、また麦や野菜を作っているらしい畑があちこちにある。

 その風景を眺めつつ自己紹介をしながら一行は村長であるオットーの家に向かう。


 「ああ、開拓自体は順調だよ。初めのころは正に原野って感じでな、道もないし水路もないしで、畑で麦や野菜を育てるのにも苦労させられたが、今じゃあすっかり村らしくなった。道も水路も作り終わったし、水路から水を取るための水車やら農具や木材を保管するための倉庫なんかも建てた。畑の収量も、今はまだ自分達で食べていく分だけで精一杯だが、だんだん良くなっているからそう遠くないうちに税を納められるようになると思う」


 ダリオはしみじみと話し出した。

 かなり苦労したらしいがそれがもうすぐ報われそうだとなって、彼は誇らしげに胸を張っている。


 「そういえば、開拓中は税が免除されるって聞きましたけど、免税期間ってどのくらいなんです?」


 ダリオの語りが一段落したタイミングでアルフレッドが聞いてみる。


 「3年から10年の間だと聞いてるよ。開拓を始めて3年ほど経った辺りから国の役人が村の状況を確認しに来るわけだが、その時の調査で税を払える状態かどうかを調べるんだ。そして税を払える状態になったと判断されれば、その翌年から税がかけられるわけだな」

 「そうなんですね」

 「税を払えるようになると、開拓が終わったという扱いになって、村に正式な名前が付けられたり、村長が貴族として取り立てられたりするらしい。だから農作物の収穫を安定させて税を納められるようになるってのが俺達の当面の目標だ」

 「ちなみに10年経っても税を払える状態にならない場合はどうなります?」

 「その場合は村長の責任とされて、別の人間と交替させられたり、近くの貴族の領地に編入されたりするらしい。要するにそれが開拓失敗のケースだな」

 「なるほど」


 オットー村は開拓が始まって2年ほどで、ゴールが見え出したということなので開拓自体は本当に順調らしい。

 というかほぼ最短コースといって良い。


 「皆、オットーさんの家に着いたわよ」


 そうして話しているうちにアルフレッド達を乗せた馬車は村長の家に着いたのだった。




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 物語世界の小ネタ:


 この世界には未開拓の土地は結構いっぱいあります。

 ただそういう土地はだいたい魔物がいっぱいいるので、開拓して町や村を作るのはかなり大変です。

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