第52話 【赤獅子盗賊団】敗北の後に

 「胴体を真っ二つにするつもりで斬ったのに、意外としぶといわね」


 リリヴィアは地面に倒れているリオーネがまだ生きていることに気付くとそう呟いた。

 彼女は手加減などしておらず普通に相手を殺す気で攻撃しており、その攻撃がまともに当たったことや、彼女自身の圧倒的な<ステータス>を踏まえるとリオーネは即死するはずだったのだ。

 しかし、実際にはリオーネは明らかに戦闘不能ではあるものの、まだ辛うじて生きている。


 「胴体がくっついているのは鎧のおかげとして、生きているのは何かのスキルかしら? 〖鑑定〗」


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<名前> :リオーネ・レッド

<種族> :人間

<ジョブ>:剣士Lv34/70

<状態> :流血(大)

<HP> :  1/140

<MP> : 19/55


 ・

 ・

 ・


<特性スキル>:

 〖往生際の悪さ〗 :Lv7


 ・

 ・

 ・


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 「よく見ると変わった特性を持ってるわね。スキルの詳細は…… 〖鑑定〗」


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<名称>:往生際の悪さ

<説明>:どれほど追い詰められても諦めることなく、最後まで足掻き続ける者の特性。

     致命傷を負っても命が尽きる瞬間まで動き続けられる他、毒や流血などによる持続ダメージ量がスキルLvに応じて緩和される。

     致命傷となるダメージを負った際、低確率で〖HP:1〗で踏み止まる。

     ちなみにその確率は


      スキルLv × 1%


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 「なるほど、食い縛りスキル持ちか。〖Lv7〗だから7%の確率で食い縛りが発動するわけね。っていうか、あんたまだ動けるの?」

 「……ああ。一応な。最もさすがに戦えるわけじゃねえが」


 リリヴィアの質問にそれまでじっとしていたリオーネはあっさりと答える。

 苦しそうではあるが意識ははっきりしており、言葉もしっかりと話せている。


 「ふうん。それで、どうするの? 死にたいなら止めを刺してあげるけど?」

 「死にたくないんで、降参する。 ……勝ち目があるなら死ぬまで戦い続けるところなんだが、あんたにはどうやっても勝てる気がしねえ。マジで何者だよ、あんた……」


 リオーネは両手に掴んでいた剣を手放して、降参を宣言する。

 その言葉には死ぬことへの恐怖も負けたことへの悔しさも感じられない。

 まるで日常の中で、知り合いと何気ない会話を交わすときのような気楽な感じで彼は話していた。


 「ふん。ま、いいでしょ。アルも死んだわけじゃないし。光魔法〖ヒール〗。死なない程度に回復してあげるわ」


 降参と聞いてリヴィアは回復魔法を唱え、リオーネを回復する。

 全快とは行かないまでも、傷が塞がり出血も止まる。


 「さて、武器は当然没収するわよ。それとダリオさんの傷を治してくるけど、動かずに大人しくしていなさいよ」

 「へいへい。了解だよ」


 リオーネはリリヴィアの言葉に従って地面に寝転んだまま、リリヴィアがダリオを治療する様子を眺める。


 「あーあ、強く、なりてえな……」


 そして誰にも聞き取られることの無い小さな声でそう呟いたのだった。


——そのころ、開拓村の門前にて—————————————————


 「失敗!? マジっすか、お頭ぁー!?」

 「どうすんだよぉー!? これ、失敗ってホントに!? 何かの間違いじゃなく?」


 開拓村の門前でオットーと押し問答を続けていた盗賊達は、空に炎の玉が放たれたことで目に見えて動揺していた。

 リオーネがリリヴィアとの戦いの際に「こいつは死合いの合図だ!」と言って放っていた炎は、実は「作戦失敗。今すぐ逃げろ!」という仲間に対する合図だったりする。


 彼は自他ともに認める戦闘狂の狂人だが、同時に有能なボスでもあるのだ。

 不測の事態に備えて撤退の合図を決めておくなど当たり前であり、どう頑張っても勝てないバケモノ(もちろんリリヴィア)が現れた際、彼は退却の合図を出すことできっちりとボスとしての責務を果たしたのだった。


 「いや、戦闘狂っていう病気さえなけりゃ、本当に良い親分なんだよ……」


 とは【赤獅子盗賊団】の副官的存在であるロイの言葉。

 そのロイとて親分が敗北するなど予想もしていないわけなのだが、しかし彼もきっちりとその役目を果たす。


 「とにかく落ち着け、一旦撤退する! 追撃に警戒しつつ、全速力で国境まで退け! 撤退開始だ!」


 ロイの指示によって、門の前にいた盗賊達は一斉に逃げ出す。

 捕らえていた4人の元冒険者の村人はその場に放置したまま、彼らは走り去る。


 「あいつら逃げていきますが、追いますか?」

 「いや、それよりも被害の把握が優先だ。避難場所の広場と、それから火の手が上がった場所に人をやって、死人や怪我人がいないか調べろ。それと捕まっていたあの4人も解放してやらねえとな」

 「へい。了解です。」


 ロイ達と睨み合っていたオットーの方も村の守りや救助を優先し、敢えて追撃はしなかった。


——その日の夜、オットーの家の一室にて—————————————


 「ああ、くそ、負けた。情けねえ……」


 アルフレッドはオットーから与えられた部屋の中で1人落ち込んでいた。

 リリヴィアとメノアには別の部屋が割り振られており、部屋の中には彼1人だけである。


 この日、盗賊を撃退した時点で時刻は既に夕方になっており、オットーはアルフレッド達への労いとお礼のため、一晩の宿を提供した。


 なお戦いの結果は以下の通りである。


 戦果 :

  頭目のリオーネを含む盗賊6名(内訳:リオーネ及びオットーによって捕らえられた下っ端5名)を捕縛。

  盗賊側に死者は無し。

  なお、負傷者に関しては全員治療済。

  捕らえた6名以外は全員逃亡(村に侵入してアルフレッドと戦った4人の盗賊もしっかり逃亡)。


 損害 :

  死者無し。

  負傷者は全員治療済。

  盗賊団の放火によって家1軒が全焼、その他にも柵や畑の一部がリオーネとの戦闘によって損害を被った。


 状況 :

  およそ100名の盗賊のほとんどを取り逃がしたため、しばらくは逃げ散った盗賊達による報復を警戒しなければならない。

  ただし頭目を捕らえたことは間違いないので盗賊団は遅かれ早かれ瓦解すると見られる。

  損害に関しては家を焼かれる被害が出たものの、予め避難が完了していたことや侵入者を早期に発見できたこともあり、人的被害は最小限に抑えられたと言える。

  捕らえた盗賊6名については現在村の倉庫に閉じ込めており、今後騎士団に報告して引き取ってもらう予定。


 結果をまとめると村の防衛には成功しており、戦いに勝利したといって良い。

 戦いの内容についてもアルフレッドやリリヴィアの活躍によって被害が最小限に抑えられたことは間違いない。

 リオーネに敗れたとはいえアルフレッドが戦ったことで、結果的にダリオやリリヴィアが到着するまでの時間稼ぎができて被害を拡大される前に倒すことが出来たのである。


 そのためオットーや他の村人達はアルフレッド達に重ね重ね感謝を述べ、2人にはそれぞれ感謝状および謝礼金500セントずつの合計1000セントと、それから捕まえた盗賊達が身に着けていた武器防具を全て戦利品として渡したのだった。


 ちなみにリオーネを騎士団に引き渡せばそれなりの額の懸賞金が支払われるはずであり、オットーはそれも渡すと言ったのだが、これについてはリリヴィアやメノアとも相談した結果、以下の理由で辞退した。


 ・カルネル領の騒動の際に報奨金を得られたこともあり、資金には困っていない。

 ・その時の騒動と今回の1件によって、既に行商の日程が2日ずれ込んでしまっているので、これ以上は時間をかけたくない。

  (オットーに確認したところ、騎士団がいる砦は徒歩で半日、馬で数時間程度の所にあるとのことであり、そこまで行っての通報や、その後の身柄引き渡し、諸手続きなどをしているとさらに日程が遅れることになる。)


 また一旦懸賞金をオットーに預かってもらったうえで後日受け取りに来ることもできるのだが、そこまですることもないだろうというのが結論だった。

 そんなわけでオットーへは「懸賞金は村のために使ってください。」と返事をしてさらに感謝されている。


 アルフレッドは良くやったと言って良い。

 言って良いのだが……


 「ちくしょう、弱いな俺……」


 彼はそれを誇るどころかリオーネに負けたことでむしろ落ち込んでいた。

 結果的に盗賊団を撃退することはできた。

 それは良い。

 良いのだが、負けたという事実に変わりはないのだ。


 「全然敵わなかった……」


 今自分が生きているのは単に運が良かっただけである。

 実力では完全に負けていた。

 もう少しで殺されるところだった。

 ギリギリのところで、味方に助けられた。


 自分の実力で生き延びたわけではない。

 ただ運良く死なずに済んだ、というだけである。


 「で、俺が勝てなかった奴をリリは一撃かよ……」


 アルフレッドは自分を倒した敵を、リリヴィアがあっさりと倒した光景を思い出す。

 あの時アルフレッドはリリヴィアによって少し離れた場所に運ばれていた。

 傷は回復魔法で治療されており、そこからリリヴィアとリオーネとの戦いを見ていたのだった。


 リリヴィアの強さは良く知っている。

 自分が勝てなかった相手をあっさり倒したことも今更特に驚くことではないし、そのおかげで助かったのだから、むしろそのことに感謝すべきだ。

 なのだが、彼は正直言って感謝よりも悔しさの方が大きかった。


 「本当に、どうしてこんなに差がついたんだ……」


 アルフレッドもリリヴィアも共に小さいころから冒険者を目指して修行に励んでいた。

 どちらも精一杯努力していたし、師匠も同じ人物だった。


 だが、そうやって磨いていた2人の実力はというと、初日から結構な差がついていた。


 初めて木剣を持った頃はどちらも素人であり、実力も大差なかったのだが、素振りや走り込みといった基礎訓練を始めて数時間後には明らかにリリヴィアの方が強くなっていたのだ。


 そしてその後もリリヴィアとアルフレッドとの実力差はどんどん開いていき、アルフレッドはすっかり置いてけぼりにされてしまっていた。

 過去にやった模擬戦などもほとんど全てリリヴィアが勝利している。


 「本当に、どれだけ頑張っても、追いつくどころかどんどん離されていくんだよな。あいつ、あり得ない早さで上達していくし……」


 決してアルフレッドが怠けていたわけではない。

 どうにか追いつこうとむしろリリヴィア以上に努力を続けていたし、少しでも差を縮めるために、鍛錬方法や戦い方を自分なりに工夫したりもした。


 だがしかし、才能の壁は残酷だった。


 リリヴィアが持つ<特性スキル>の〖獲得経験値増加〗や〖必要経験値減少〗はジョブや各スキルのレベル上げに絶大な効果を発揮した。

 それこそ特別な才能を持たないアルフレッドがどんなに頑張っても追いつけないくらいに。


 さらにレベルの成長限界についてもアルフレッドは〖Lv50〗、リリヴィアは2倍の〖Lv100〗である。


 例外はあるものの、一般的には限界を超えてレベルを上げることはできないとされているため、アルフレッドは一生修行を続けたとしてもリリヴィアには追い付けないことになる。


 「……」


 そうした事情があるため、アルフレッドがリリヴィアに追い付くのは事実上不可能といって良い。


 「……ええい! だからって諦めきれるか!! 今は無理でも、いつか! 絶対! あいつに勝ーつ!!!」


 思い出すのは修行を始めた頃の模擬戦。

 修行初日やその次の日くらいまでは、頑張れば勝てていたのだ。

 その頃は勝てて嬉しい、負けて悔しい、といった具合に勝ち負けに一喜一憂していた。


 ……やがて負けるのが当たり前になり、今では悔しいという感情も起きないくらい実力差が開いてしまったわけだが。

 その時の思い出は未だにアルフレッドの中に残っている。


 「うじうじするのは終わりだ! ここからはどうすればもっと強くなるのか、それを考える!!!」


 もう一度リリヴィアに勝つ、それがアルフレッドの最大の目標なのだ。

 その目標のため、彼は再び決意する。


 なお、彼の<ステータス>の<称号>がこの時〖ザ・苦労人〗から〖不可能への挑戦者〗へと変化した。

 そのことに彼が気付いたのは、しばらく後のことだったという。




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 物語世界の小ネタ:


 <称号>については本人の信条や言動によって決まるため、心境に大きな変化があったり、精神的な成長を遂げたりすると変化することがあります。


 <称号>の変化した場合、本人にどんな影響があるかについては謎です。

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